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「カオル」
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カオルE-8

「大丈夫か!見せてみろ」

 傷を見て直樹は安堵した。右手の親指辺りが小さく切れた程度だった。

「ちょっと待ってろ!救急箱取ってくるから」

 それから数分後。薫は直樹に処置を受けていた。

「これでよし……と」
「あ、ありがとう」

 親指に貼られた絆創膏。

「後は冷やすとがいいよ」
「わかった」
「じゃあ、バーは俺がやるから。薫はネット畳みを頼むよ」
「うんッ」
「それにしても……」

 直樹の手が、薫の腕を掴んだ。笑顔を向けた。

「こっちも強くしないと」
「う、うん……」

 直樹は離れていった。
 薫は腕を見た。握られた場所が、白くなっていた。
 心の中に、今までと違う感情が芽生えた瞬間だった。





「ただいま〜って言っても、誰も居ないけど」

 真由美が自宅に着いたのは、午後七時半になる頃だった。改めて、不在を確かめるまでもなく廊下意外は真っ暗だ。とりあえず、キッチンの明かりを点けて台所を覗くと、下ごしらえを終えた野菜が並んでいた。

「この材料から察するに、今夜は竜田揚だあ!」

 真由美は思わず唾を飲んだ。竜田揚げは、藤木家の定番であり彼女の好物だ。特にレモンを搾り、タルタルソースを掛けた物を絶品だと愛して止まない。

「とは言っても……」

 力無い言葉が漏れた。夕食が食べられるのは、最低でも九時前。あと一時間以上の間がある。
 お菓子で空腹を紛らわそうかと浮かんだが、せっかくの竜田揚げが台無しになると、すぐに打ち消した。

「仕方ない……お風呂沸かして、料理手伝うか」

 真由美は、そう自分に言い聞かせて階段を登った。自室に入ると、ベッドの畳まれた毛布が目に入った。須美江が、掃除のついでに干してくれたいた。
 真由美の心に不安が湧いた。ウィッグは大丈夫かと、慌てて姿見の裏を覗いた。

(良かったあ。やっぱり此処は手付かずだ)

 心が落ち着いた。少なくとも、気にしなくて良い。気分が軽い。真由美は嬉しそうな笑顔で、制服から部屋着に着替え、階下に降りていった。


 下に降りてからキッチンに向かった。照明スイッチの側にある、風呂用の操作パネルのボタンを押して風呂場を覗いた。
 蛇口からお湯が、勢いよくバスタブに注がれている。後は、溜まったのをアラームが知らせるまで待つだけだ。

「次は、鶏肉の下ごしらえだね」

 軽く塩を振ってしばらく置いて、水気を拭き取る──彼女にとっては簡単な作業。
 バットに鶏肉を移そうとしたところで電話が鳴った。受話器を取る。聴こえてきた声は、父親の晋也だった。


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