恋愛-2
アマゴイ
ジュンと真琴がバス停に付く頃にはもう日が落ちていた。バス停の弱々しい電灯が二人を照らし、薄暗いバス停は二人の世界になっていた。
「部活はどう?秋の大会に出れそう?」
バス停小屋のベンチに座り真琴が言った。
「うん、順調だよ」
ジュンは真琴の隣りに座ると、腕時計を見、時間を確認した。
あと15分一緒に居られる。ジュンはそう思うと、真琴を見詰めた。
「ん、何?」
真琴はジュンの視線にかしげると、薄ら笑いをしながらジュンを見詰め返した。
「その…キスしていいですか?」
ジュンの囁くような声は何故か怯えているように聞こえた。
「キス?」
真琴はそんな弱々しいジュンをおちょくるように聞き直す。
やはりジュンは可愛いと思う真琴は、彼をじっと見詰めた。
「うん……
キス……していい?」
その純粋な目がやけに眩しく見える。触れるとどっかへ行ってしまいそうな気さへしてしまう。真琴はジュンの視線を長く見続けることが出来なかった。
ジュンの瞳から目線をそらし、真琴は頷くよいに言った。
「まだ、もう少し待って……」
「……」
「もう少しだけ……」
真琴はそう言うと、ジュンから視線をそらし、俯いた。
「………」
ジュンはヒンヤリ冷たくなった胸を左手で押え、緊張感を解こうとした。
キスが出来なかったことよりも、自分から真琴に仕掛けた緊張感の余韻が、断られた事によってどっと溢れたのだ。
額にジンワリと汗が流、ジュンは一呼吸すると、真琴から目線をそらし、バス停の時刻表を眺めながら言った。
「そう……だね、待つよ」
沈黙が続いた。何か話題を出して話せば良いが、二人とも何も話さない。沈黙の中、真琴は自分の右手をそっとジュンの左手に重ねた。真琴にとって会話よりも今そこにいる存在で十分であった。ジュンが自分の隣りにいる、その現実で胸が一杯になっていた。
心が温かくて居心地がいい。その感触を噛み締めて。
ジュンは今ださっきの緊張が解けづ、真琴を見ることも、そして感じることも実感できずにいた。ふがいない自分と思いながら、それでもバスが来ないでくれと願う。
薄暗い世界から光が見えた。バスがやって来たのだ。
ジュンは真琴を見送ると、鞄から懐中電灯を取り出し自宅まで歩き始めた。
帰り道、懐中電灯の光だけの世界で、ジュンは真琴がキスを断った理由を考えた。キスは初めてではない。それにセックスまでしかけそうになった仲だ。キスを断る理由が何処にある。自分を拒絶したのか、とも考えるがその後の真琴の手の温もりを微かに感じ、拒絶じゃないと考えを変えた。
「……キス……」
ジュンが呟いた時、そこはもう自宅であった。
ふと我に返り、玄関のドアを引いた。
「お帰り、ジュン坊」
環がリビングから声を掛けてきた。
「ただいま〜」
ジュンがリビングに顔を出すと、そこには環しかいなかった。
「あれ、母さんは?」
「叔母さん風邪ひいて先に寝ちゃったよ」
「そう…最近体調が悪いって言ってよね、夏風邪?」
「9月よ。夏風邪じゃないでしょ、ジュン坊、ご飯私が作るから、着替えたら下りて来なさい」
「うん……」
「気のない返事ね、どうしたの?」
「別に何でもないよ……」
「昨日までは凄く元気だったのに、そんなしょげた顔しちゃって」
「そう、昨日と変わらないと思うよ」
ジュンはそう言うと逃げるように自分の部屋に上がって行った。
そんなジュンを見ながら環は呟いた。
「青春か……」
それから十五分ぐらいしてジュンが自分の部屋から下りてきた。
ジュンがリビングに入ると、台所からニンニクの匂いがしていた。
「今日って、餃子?」
「そうよ、ジュン坊餃子好きでしょ?」
台所越しで環が言った。
「うん……まぁ好きだよ」
ジュンは台所に顔をだし環の様子を見た。
「ジュン坊、ご飯注いで」
「うん」
ジュンは食器棚からお茶碗を取り出すと、炊飯器を開けた。
「ねぇ、ジュン坊、最近佳奈ちゃんと話してる?」
ジュンは傾げながら言う。
「えっ……話してない」
「どういうこと?」
「ちょっと前、佳奈に声掛けたら拒絶されて、それ以来会話してないんだ」
「そう……今日佳奈ちゃんを見掛けたのよ、でも凄く暗い顔していて、声掛けられなかったの、最近佳奈ちゃん何かあったの?」
「……さぁ、分からないよ、でもあんな顔する初めて見た」
ジュンは佳奈が睨んだ顔を思い出す。
環は呆れた表情でジュンを見た。
「ジュン坊、貴方達幼馴染でしょ、ちょっとは気遣いなさいよ、あんな暗い表情の佳奈ちゃん見たの初めてだったのよ!佳奈ちゃん、きっと何かに苦しんでるのよ、ジュン坊、佳奈ちゃんのことちゃんと見なさい」
「……うん」
ジュンは頷くと注いだご飯を食卓に持って行った。
佳奈のことは気にはなるが、今ジュンには真琴で頭が一杯だった。それに冷たい目を自分に向けた佳奈が怖いという意識もあった、ジュンは佳奈に近寄りたくないと思ってしまった。