「こんな日は部屋を出ようよ」前編-4
「こんばんはッ」
「今日も、お願いします……」
翌々日。僕は、何時ものように叔母の家を訪れた。
出迎えたルリの冷然とした挨拶を受けて、部屋へと通された。
乳白色の壁と天井、薄茶色の板床。 調度品といえば、机にベッド、本棚、そして、壁に掛かる小さなリトグラフが二枚。
女の子の部屋と思わせる物は、花柄のカーテンとベッドカバーくらい。
それよりも目に付くのは、この部屋の有り様だ。
整理された机とその周辺。
作家別に並べられた本棚。乱れのないベッド。
最初に此処を見た時、僕の頭は囚人部屋という印象を持った──それほどの整然さなのだ。
「今日は、連立方程式を……」
最初の三十分で要領を教えてると、ルリは、予め用意した問題用紙に書き込み始めた。
僕は傍らで椅子に腰掛けて、その様子を眺める。
人形のように表情を変えず、真摯に取り組んでいる姿は、部屋と同じように隙がない。
(何で、これで百位だったんだ……?)
意味が解らない。
ルリの勉強に対する真面目な姿勢は、最初から今までずっと変わらない。
僕は言わば、添え物のように傍で付き合っているだけだ。
なのに叔母は、僕が成績をアップさせたと思っている。
それが本当なら、ルリが、わずかな手助けだけで問題を理解するには無理がある。
最初から解ってていたはずなのだ。
(それにしても……)
この子自身はどう思っているのだろうか。
人の視線を肌で感じながらも、黙々と勉強をし続ける事にわだかまりはないのか。
僕なら無理だ。 傍で監視されて勉強をやらされたら、集中なんて出来やしない。 余程の強心臓か、鈍感でもない限り続けられない。
では、ルリはそうなのかと言われれば違うと思う。 僕が受ける印象からすれば、内面を隠すために装っているように思えてしまう。
(そう、昔の自分を覆い隠しているような……)
僕は、頭の中で勝手な推論を繰り返していた。
その間も、傍らの彼女は小刻みに右手を動かしていた。
ふと、その手が止んだ。
「あの……終わりました」
彼女の顔が、ゆっくりとこちらを向いた──目と目が合った。
初めての事だった。
「あ、ああ……」
僕は、何故か焦ってしまった。
「……じゃあ、ちょっと見せて」
彼女が、問題用紙を差し出した。 問題文の空欄を、数字と数式が整然と埋めつくしていた。 僕は赤ペンを取りだし、チェックを始めた。
ペンが紙の上を滑る音だけが、部屋に聞こえていた。
彼女は、こちらを向いたままだ。 多分、僕の手元に目を凝らしている。
言い替えれば、立場が逆転した状況。
そう考えると、気持ちがまた焦りだした。
「あっ!」
指からペンが滑り落ち、彼女の足元へと転がった。
ルリは表情を変えることなく、ペンに手を伸ばした。
セーラー服の隙間から、わずかな膨らみが覗いた。