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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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序編-6

「ちょうど今、刑事部から連絡があってね。例の事件の捜査状況を聞いてきたんだ」

 刑事部──県警本部の一セクション。加藤は2年前まで、刑事部捜査1課員として従事していた。

 本部が、かつての繋がりを利用して情報を得る。それほど、本件に対して関心があるのか。
 島崎の胸がじゅくじゅくと痛む。事件発生以降、解決に繋がる情報を何ら掴んでいないことで、加藤がどんなやり取りをしたのか察しがつく。

「それはちょうど良かった!課長に、折り入ってお願いしたいことがございまして」

 高橋の、耳障りな声が部屋に響いた。

「今回の事件、組織犯罪対策係からの応援をお願いしたいんです」
「それは、どういう経緯で出した結論かね?」

 焦燥を含んだ加藤の口ぶり。
 今回の事案が事件扱いとなった際、捜査方針を決定したのは加藤だ。それを、わずか数日で覆すよう進言されれば、この様な反応は無理もない。
 高橋は、相手を気遣う言葉を知らなかった。

「それは……こ、今回の捜査で……」
「わたしの立てた方針の、何処が不味いのかと訊いてるんだ?」
「……ですから、応援が」

 加藤に威圧されて、高橋はすっかり狼狽えている。

「その件に関しましては、私の方から説明致します」

 上司のあまりの不甲斐なさを見かねて、島崎が助け船を出した。

「捜査本部を立ち上げて5日が経ちましたが、事件の糸口はおろか、死体の身元さえも未だ不明なままです。
 あの損傷具合から、被害者は生前、組織犯罪に関わっていたと推察されます。
 そうなると、我々だけの単独捜査ではいたずらに時間がかかるばかりで、重要な情報を取り逃がす畏れがあります。
 よって、組織犯罪に長けた者を捜査に加えていただきたいのです」

 島崎は、ひと言々を確かめるように言った。

「……なるほど。合同捜査にして、現状を打開したいのか」

 加藤は既に、落ち着きを取り戻していた。

「推察通りの人間なら、時間が掛かれば掛かるほど関係者は地下深くに潜ってしまう。そうなる前に見つけ出さないと……」
「また、警察の威信に傷が付く……か?」

 加藤は皮肉るようにニヤリと笑った。
 警察の威信──今時、そんな時代錯誤な言葉を使うのは警察官僚ぐらいのものだ。そんな物は、とうの昔に失墜している。
 一部の愚者を除いては。

「──だからこそ!ここは火急に方針を転換いただき、早期解決を目指して……」

 再び、高橋の甲高い声が響き渡った。挽回の機会とばかりに主張を繰り返す。

「君。ちょっと黙っててくれないか」

 しかし、それが却って逆効果だった。加藤にたしなめられて、すっかり意気消沈してしまった。
 島崎の目には、加藤も高橋も同じ“種類”の人間に見えるのだが、加藤には年齢の分、老獪さがある。

「ひとつ訊きたいのだが?」
「はい」

 島崎は頷く。

「合同でやった場合、むこうとの軋轢が増すのではないかね?」

 着眼点が高橋と同じだ。
 異なるチームが共同作業を行えば、互いが優先したいと考えるのが常だ。
 そうなると、疑心暗鬼に陥り、共同で行った意味がなくなる上に仲違いしてしまう。

 加藤は、そこを不安視している。だが、島崎にとっては折り込み済みの事柄だった。


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