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「ふたつの祖国」
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序編-2

 「ふたつの祖国」





 〇〇地区。
 大正初期より、外国人居住区として存在してきた場所。
 設立当初は、貿易の拠点として、富裕層の邸宅が大部分を占めていたが、元号が昭和に移り、徐々に軍国主義が世間を跋扈するようになると、労働力として連れて来た外国人の収容場所として、利用するようになった。
 そして、昨今では日本人が地区の大多数を占めており、一部は、戦後も日本に残った外国人やその子孫が、在日として現在も住み続けている。

 まだ、朝靄にけぶる時刻。
 前田晴義は、自宅玄関を開けて表に出た。
 朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸うことと、誰よりも早く新聞を読むこと。定年を終えた彼の大事な日課だった。
 いつものように思う存分、空気を吸った前田は、新聞を読もうと、門扉に据付けてある新聞受けへと近づいた。

 そこで、彼は気づいた──門扉の向こうに、黒い塊があるのを。
 前田は最初、ゴミ収集車の落とし物かと思った。しかし彼は見たのだ。

 ──黒い塊の中から生えた、人間の手らしき物を。





 前田の発見から1時間後。
 非常線が廻らされた場所に、鈍色のクラウンが2台停車した。
 その中から現れた4人の男逹。全員がスーツを着用し、腕章を付けている。年齢も背格好もバラバラなのだが、鋭い眼光をしているのだけは共通していた。
 4人は、付近を警備中の警官に軽く会釈をすると、非常線の中に入った。中では、鑑識係が大勢で現場周辺の探索中だった。

「ご苦労さん」

 4人の中でリーダー格だろうか。1番年輩の男が、鑑識の1人に声をかけた。

「ああ、島崎さん」

 鑑識は手を休めて男に挨拶した。
 島崎秀生。44歳。
 〇〇県警刑事課強行犯係班長。
 これが彼の肩書きだった。
 高校を卒業後に警官となり、4年間の交通安全課勤務の後に、かねてからの願いが叶って刑事課に配属。以来、人生の半分以上を刑事として生きてきた。

「ちょっと見せてもらうよ」

 島崎たち4人は、ブルーシートのバリケードを潜った。
 死体は周辺からの目撃が出来ないよう、布で覆い隠されていた。
 島崎が布を掴んでめくった。
 途端に、焼け焦げた匂いと腐乱臭が、鼻腔いっぱいに広がった。

「ぐっ!」

 島崎の部下、鶴岡直人がハンカチで口元を覆った。

「こりゃひでえな……」

 鶴岡の隣にいた善波一樹、藤沢俊介も思わず唸った。島崎の眉間にも深いしわが刻まれている。
 全身黒焦げの死体。それも、かなり高い温度で焼かれたのだろう、一部は炭化している。
 そして、首から上は万力にでも挟まれたのか、ひしゃげて潰れていた。

(ここまでやるとはな……)

 常軌を逸した殺害体。島崎の背中に戦慄が走った。

「島崎さん」

 鑑識の1人、立花亮治が何かを伝えに来た。
 立花亮治は、鑑識畑一筋の35歳。今では課長の橋本も認める、実質ナンバーワンだ。

「死体について少々気がかりな点が……」

 立花は、そう前置きして話し始めた。


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