D-11
「しばらくお願いね!」
湯沸かしを哲也に頼み、雛子は次の作業に取りかかった。
米びつから3合の米を笊に移し、汲み置きした水で研ぎだした。
「これで、よしっと!」
研いだ米をお釜に移して、適量の水を入れた。
指を入れて、水が適量かを測る。人差し指のひと節目が目安──母親から教わった方法。
「これで……ちょうどね」
微調整をして、米炊きの準備はできた。後は1時間ほど置いて炊くだけだ。
「次は、塩鮭を焼いて味噌汁……具は…」
慌ただしく献立を思案していると、玄関の方から耳慣れない声が聞こえてきた。
「えっ……誰かしら?」
雛子は、土間伝いに玄関に出た。
「ごめんくださいッ!」
誰とも違う野太い声。磨りガラスに映った風貌に、おっかなさを覚える。
「ど、どちら様ですか?」
恐る々、雛子は訊いた。
すると、先ほどまでと違う快活な声が返ってきた。
「こちら、河野雛子さんのお宅ですよね!」
「そ、そうですが……」
「わたし、この度、美和野分校に赴任してきた林田純一郎と申します!」
「えええッ!?」
玄関の扉が勢いよく開いた。
雛子は、林田と名のる男と顔を合わせた。
「赴任されたって、いったい……」
教師の異動は4月か9月と決まっている。それが、5月の中旬の異動とは。
そのあたりを訊こうとした時、遮るように笑い声が挙がった。
林田が、雛子を見て笑ったのだ。
「な……何が可笑しいんですか!」
突然のことに雛子は戸惑っていたが、やがて憤激すると声を荒げた。
しかし、林田は悪びれた様子もない。
「ハハハ!……や、失敬。しかし……クククッ」
「なんなんですか!」
「だってッ……その顔が、泥つき大根のようでッ」
そう答えると、堪えきれずに再び笑いだした。
(な、なによ……この人)
林田純一郎との出逢い。
雛子にとっては、最悪の印象から始まった。
「a village」D完