カオルD-8
翌朝。真由美は、いつもより少し早く登校した。
教室には、まだ数人の生徒しか来ていなかった。
(あ、いたいた)
その数人の中に、目当ての谷口ひとみはいた。
「ひとみ!」
途端に、皆の視線が真由美に注がれた。
「真由美ッ」
その中から、ひとみが笑顔で近寄ってきた。
「どうしたの?こんな早く」
ひとみの問いに、真由美は言い難そうに答える。
「うん。あんたにちょっと用があったから」
「わたしに!?」
声の大きさに反応して、再び視線が集中した。
「ちょっと、あっちで話そう」
真由美は、視線を避けるように教室を出た。
廊下の窓辺に立った。眼下には、登校してくる生徒逹が見える。
「もう!おっきな声ださないでよッ」
「ごめん、ごめん」
真由美が強くたしなめるが、ひとみは気にした様子もない。
「それで、なあに?」
窓辺を背にしてひとみは訊いた。
「昨日の…くれたやつ」
真由美は伏し目がちで言った。
「昨日の…ああ、あのウィッグ」
「とってもありがたいんだけど、やっぱり貰えないよ」
「どうして?理由は昨日言ったじゃない」
「そうだけど…」
「だったら、何で?」
真由美は、返答に困まってしまった。まさか、弟に似合いそうだったから見ていたとは、絶対言うわけにはいけない。
「…でも、やっぱり貰えないよ。あんな高価なもの」
ひとみの顔に笑みが浮かぶ。
こうと想ったら、なかなか持論を曲げない頑固者。逆にいえば、自尊心をくすぐる方法を用いさえすれば容易く靡く。
ひとみは「だったらさ」と前置きして実行した。
「──わたしとデートしよう」
「へっ!?」
突拍子もない言葉に、真由美は惚け顔になった。
「来月、わたしの誕生日なの。だから、プレゼントにわたしとデートしよう」
「それと、ウィッグとどういう関係が…」
「あなたは、わたしがあげたウィッグに心苦しく思ってる。だから、返して早く楽になりたい」
ひとみは、自説を展開しだした。