カオルD-6
「それじゃ、おやすみなさい」
夜の10時をまわると、子供逹はリビングを後にした。
8時を少しまわった頃に、須美江と薫が帰ってきた。
そこから、朝の喧騒を思わせる気忙しい時間帯を迎えた。
須美江と真由美が夕食の準備にかかってる間、晋也と薫は急いで入浴を済ませた。
そうして、ようやく家族がテーブルに揃ったのは、9時近くになった頃だった。
食事の間、話題の中心は薫だった。須美江が、さっきまで体育館で見てきたことを、熱っぽく雄弁に物語る。
それを聞いた晋也と真由美は、大いに驚き、そして喜んだ。帰宅前に挙げていた不安など、どこかに消えていた。
「しかし、あの薫がねえ…」
リビングに、しみじみとした晋也の声がした。
「なあに、黄昏れちゃって」
須美江が応える。
「てっきり、おまえに似て“運動なんて”と思っていたが、そんな根性があったんだな」
「失礼ねッ。あの子だって、けっこうガッツあるのよ」
その時、穏やかだった晋也の表情が変わった。
「実は、おまえ逹が帰るちょっと前に──」
胸を深く抉った言葉が、自然と口をついた。
「最初から解ってたことなのに…いざ、その時となると、怖いな…」
あの時、1度は覚悟した。
一家団欒の席で、言ってしまおうかとも考えた。
だが、言えなかった。築いてきたものが、崩れてしまいそうで怖かった。
「あなた…」
「わかってる…わかってるよ」
晋也は、須美江の泪貌を受けとめた。
乗り越えねばならぬ試練を迎えるまで、もうわずかな猶予もないことを悟った。
喩え、どんな結果が待っていても、受けとめぬばならない。
「真由美なら、解ってくれるはずだ」
夫婦は、覚悟を決めた。
晋也と須美江が、苦渋の決断を下した時、真由美は薫の部屋を訪れていた。
「薫ゥーっ」
ドアの外からノックする。その手には、谷口ひとみに貰った紙袋が握られていた。
真由美は一計を案じた。ひとみに返す前に、試してみたくなったのだ。
「薫ってばあ」
昂る想いを抑えこんで、弟を呼ぶのだが、中からの反応がいっこうにない。
仕方なく、真由美はそっとドアを開けた。
「カオ…」
開けた途端に、何故、反応がなかったのか解った。薫は、ベッドの上に突っ伏していたのだ。