カオルD-3
回想が頭をよぎる──。誘われたとはいえ、バレーをやらせることに抵抗がなかったわけではない。
ただ、今のまま放っておけば“とんでもない方向”に成長しそうで怖かった。
それが今、仲間の子供逹についていこうとする姿を見て、不安は一掃されていた。
ホイッスルが鳴らされ、Aチームからサーブが飛んできた。
「薫、まえッ!」
直樹は、コースを読んで指示を出す。が、薫は、上手く反応が出来ない。
「くっ!」
前に倒れ込みそうになりながら、かろうじてレシーブを上げた。
ボールは、セッターの位置からかなり右に流れた。
「はいっ!」
直樹が声を挙げた。後方からのボールを目に捉えながら、短い助走だけでコートを蹴った。
──うあ…きれい。
右手を後方に引き、身体を弓のように反らせた空中姿勢。
一瞬の静止。そこから、弾かれたバネのように上体を振って、相手コートにボールを叩き込んだ。
美しさと力強さを兼ね備えたアタックの動作。薫は唯、惘然と見とれていた。
「薫!ナイスレシーブ」
「あ…ありがと」
「さあ、こっから取り返すぞ!」
直樹が、再び手を叩いて周りを盛り上げる。
(ボクの上げたボールを、嶋村くんが点にしてくれた…)
母親に半ば強制的にやらされて、今まで面白いと思ったことはなかった。
それが試合を通じて、自分もチームの役に立てるということを、初めて知った。
薫はこの時、バレーを楽しいものだと思った。
真由美は、シャワーを浴びてリビングで寛いでいた。
テレビを眺めながら、傍らの菓子入れに手を伸ばす。空腹を紛らわしていた。
(しかし、誰も帰って来ない)
時計に目をやると、帰宅から既に1時間が経っていた。
「先に食べてよっかなあ…」
キッチンに移動しようとした時、ドアフォンが鳴った。
「も〜う!お母さん遅いよ」
ぶつぶつと文句を垂れながら玄関に向かい、ドアの施錠を解いた。
「ただい…なんだ?おまえか」
帰って来たのは、晋也の方だった。
「それはこっちの台詞よ…あ〜あ」
がっかりした真由美は、その場にへたり込む。晋也は、娘の落胆ぶりから何があったのかを察した。