再会-2
それから一刻後シェンファン姫は天人と二人きりで谷川縁を歩いていた。
シェンファン姫は現在商売に興味を持っていて、多くの配下を使って手広くやっているらしい。
イーゴアやファン・リーリの隠れ家にも時々行って昔話をすることもあるという。
シェンファン姫は川の流れを眺めながら呟くように言った。
「今思えばあのときのことが夢のようで、本当にあったことなのかと疑うことさえある。私はイーゴアから聞いた話や自分の経験を元に、そなたが僅か長さ3尺の棍棒のような物から人間の形になった経緯とか美人を創造して行く様子などを、詳しく書いて本にして残したいと思っているのじゃ。
もう既に半分以上は書いている。筆名はリー・シューとした。
できたら、そなたにも贈るとしよう。」
「つまりあなたがここに来て、シャンレンに喋ったから、彼は経緯を知ってるんですね。」
「そうじゃ。シャンレンがもうすぐそなたが訪ねて来るから、私にも来ないかと誘ってくれたのじゃ。
そなたが来るまでの間、身の上話でもしたかもしれぬ。それだけのことじゃ。
それより今度はそなたの旅の話しでも聞かせてくれぬか」
「そうですね、私はあれから…… 」
二人は目の前の川面を眺めながらしばらく話を続けていたのだった。
最後にシェンファン姫は天人に言った。
「実はここに来たのは、もう一つの用事があるためなのじゃ。
私は敵国ではチェンダンとして剣を手にして暗殺もやって来た。
これからも男のように生きようと思う。
だからあなたに頼んで男に負けない膂力を身につけようと思っていたのだ。」
天人はゆっくり首を振った。
「残念ながら、自らを敵方に献上し苦労なさったあなたはもはや乙女の身ではない。
私共天人族は乙女としかまぐわうことができないのです。」
「そうなのか。あのときそなたとまぐわったときほどの喜びは、後になっても味わうことがなかった。せめて、それだけでもと思っておったが」
「それならシャンレンどのなら、ほぼ同じ喜びをあなたに与えることができるでしょう。但しまぐわいの悦楽だけしか得られませんが……。」
シェンファンはその言葉にまなじりを上げて睨みつけた。
「大抵のことにも動じなくなったこの私も今のそなたの一言で怒りを覚えた。
そなたには情というものがないのか?天人とはつくづく人とかけ離れた心の持ち主よ」
そういうとシェンファンは天人を置いて、さっさと山を下って行った。
これらの経緯がリー・シューという人物によって『天人異聞伝』という奇書に纏められ、世に出たのは、またずっと先の話である。
この著者は武芸にも優れ『女人剣極意』という書も出しているかと思えば、『商人心得』とか『市場経営本意』などという商売上の知識も書いている。
だが、殆どの人は筆名から著者を男性だと思っていたという。
なお、天人のその後の消息について伝える書は一切出ていないと言われる。
(完)