一部の地域で迷惑-1
「あははははははっ」
とある喫茶店でけたたましい女性の笑い声が響く。
ここは喫茶店『黒猫』……霊感少年、今村芳郎のバイト先だ。
本格的な珈琲と最高の焼き菓子が楽しめる人気の喫茶店で、甘いもの好きの女子高生から珈琲通の初老の男性までと客層は広い。
カウンター席が5席、4人掛けのテーブル席が3つと2人掛けが3つ……広くはないが狭くもない店は30代の夫婦が切り盛りしており、芳郎はそこでバイトをしていた。
「笑うな……」
客が帰った後のテーブルを片付けながら芳郎は笑っている女性、この店の従業員である小夜美(さよみ)に文句を言う。
小夜美は胸まである髪を揺らして涙目で続ける。
「だって……肉便器って……くくくくく」
小夜美は声を落としてお腹を抱えてカウンターの裏にしゃがむ。
そこまで笑わなくていいじゃないか、と不機嫌になりながら芳郎は食器を重ねて片手に持ち、テーブルを拭いた。
「しかし、珍しいねぇ……霊感持ちって結構敏感なのに……」
厨房から出てきた小夜美のダンナ、徹雄(てつお)は出来上がった焼き菓子をバスケットに入れてカウンターに置く。
筋肉ムッキムキの体に2メートル近い身長、そしてスキンヘッド……どこのプロレスラーかと思わせる風貌のこの男が黒猫の絶品お菓子を作っている。
「そっすよね……ハッキリ言わなかった俺も悪いけど……」
「に、肉便器はないわぁ……」
「姉ちゃん!それはもういいから!!」
いつまでも肉便器、肉便器と連呼する我が姉に芳郎は怒鳴った。
そう、この喫茶店は芳郎の姉夫婦が営んでいるのだ。
歳が17も離れているので姉というより、母親に近い。
しかも、小夜美も霊感体質なので小さい頃から良く相談に乗ってもらっていた。
まさか、自分の性体験まで話すとは思ってなかったのだが……。
「ったく……余計な事ばっか言いやがって……」
芳郎は台拭きを誰も居ない椅子に投げつけた。
『あっ、きったなぁい』
誰も居ないはずの椅子から愛らしい声があがる。
「うるさい!!つうか、何でまだ居るんだよ?!逝ったんじゃねえのかっ!?」
椅子に座っていたのは、なんと女子校生幽霊、沙耶だった。
つい先日、璃子と協力して昇天させた幽霊は何故かそこに居る。
『うん、イッたよ♪気持ち良かった♪』
「いや……そっちじゃなくて……」
芳郎はガクンと脱力しながら自分が投げた台拭きを拾った。