〈不治の病・其の二〉-5
『泣き寝入りじゃない。彼らは他県の人だ。強制退院させた後に、向こうの警察に通報するよ。それなら騒ぎを抑えられるし、君だって被害者だと知られなくて済むじゃないか?』
少しだけ、亜矢の心に落ち着きが生まれ始めた……院長は、この事件を黙殺するつもりはないようだ……そればかりか、自分を必要以上に傷付けないような配慮さえ見せてくれている……。
『君をココに呼んだ私が悪かった……患者の罪は私の罪だ……許してくれ』
院長の真摯な態度に、亜矢はようやく心を解した……身体や心の傷は癒えないにしても、院長は自分の事を親身になって思ってくれている……涙はポロポロと流れているが、それはさっきまでとは違う涙が混じっていた。
『栄養補給と気分を落ち着ける点滴をうってるから、少し休んでるといい。それから妊娠の危険がないか検査をしよう。辛いだろうけど……』
「……ヒック…ヒック……」
泣きじゃくる亜矢を残して二人は部屋から消えた。
ドアの向こうからナース達の歩く音や、アナウンスの声が聞こえてくる……昨夜は睡眠すらとれなかった亜矢は、気を失うように深い眠りに落ちていった……。
――――――――――――
『……きろ…起きろよ』
頬に走る痛みに、亜矢は眠りから戻された。
随分と周りが騒がしい。
仕事を終えたナース達の喧騒…?いや、それは女性の声ではなく、野太い男性の声だ……。
「!!!!」
目覚めたのに悪夢は続いていた……同じ病室に同じベッド、同じ患者達が瞳に飛び込み、亜矢の思考を混乱に導いた。
口にはタオルが詰め込まれ、その上から薄手の布でぐるぐる巻きにされている。ナース服はそのままに、右手首と右足首、左側も同じくタオルで連結され、何を成すにも不自由な身体にされていた。
何故、同じような《夢》を見るのか?
院長と婦長とのさっきのやり取りは夢だったのか?
亜矢の髪を撫で上げる患者の手の温もりは、紛れも無く現実……またもこの病室に送り込まれた現実を知るのに、さほど時間は必要なかった。
『警察には行かないでくれるみたいだね?助かったよぉ』
『感じちゃったのに被害者ぶるなんてオカシいもんね?』
(!?……なんで……知ってる……?)
亜矢の意識の中で、昨日のナースステーションでの出来事が思い出された……泣きじゃくる新人ナースを、婦長は人目から隠すようにした……あれは、あのナースも自分と同じ目に遭っていたから……ナースコールに出なかったのも、深夜巡回に来なかったのも、それで辻褄があう………。