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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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居場所-10


それ以来、木村と私はベランダで顔を合わせるたびにちょくちょく言葉を交わすようになった。

私は洗濯物を干したりとり入れたりする時以外はあまりベランダに出ることはないのだが、木村は結構なヘビースモーカーらしく、しょっちゅうここでプカプカやっている。

「ちょっと!洗濯物に臭いがつくからできるだけそっちで吸ってよ」

毎回そう文句をいうのだが、ベランダ内は自分の陣地だから自分の好きなように使うと言って聞く耳を持たない。

「つうかさ、あんたがもっとそっちに干せばいい話じゃん」

「物干し用のフックがこっちにあるんだからしょうがないでしょ。タバコはどこでも吸えるじゃない!あんたがあっちに行ってよ」

「なんで俺があんたにあわせなきゃなんねえんだよ。ここが俺のベストポジションなんだよ」

「ばか!がんこもの!」

「うっせえよ」

出会いが大喧嘩だったせいか、この男とはいつもこういう小競り合いばかりしているような気がする。

お互いみっともない姿も見られているから、今さら気取ってもしょうがないという部分もあるのかもしれない。

会社でもプライベートでもまわりが年下だらけになって、自分の素を晒すようなこともほとんどなくなってしまった私にとって、異性とこういう関係になるのは珍しいことだ。

しかしそれは不愉快なものではなく、むしろ今の私にとってはいい気晴らしになっているといってよかった。

一輝が来てからというもの、周りからどう見られているかとか、一輝にどう思われているかとか、業務以外のことにとらわれたり振り回されたりして、自分でも意識しないうちに随分ストレスがたまっている。

上司である一輝に対してはもちろん、後輩社員たちへの言動にも必要以上に気を使う。

会社で鉄壁の鎧を身につけている今の私にとって、家に帰ってきたとき、思ったことをポンポンと言い合える相手がすぐ近くにいるというのはそれだけでありがたかった。

一輝にはあれ以来誘われてはいない。

それはあたりまえのことだし、私自身もそうして欲しいと望んでいたはずなのだが、どこか寂しく物足りないような気がしてしまうのも事実だ。

一輝との微妙な関係に悩みモヤモヤした気分のまま帰って来たとき、ベランダでお尻をかきながらボケーっとタバコをふかしているこの男の姿が見えると、そのだらしない格好にあきれながらも、なんとなくホッとする。

「見苦しいからそんなとこでお尻かかないでよっ!」

そう怒鳴りつけるだけで、私はほんのちょっと、気分が軽くなるのだ。

「るせえよ。売れ残りのチキンカツもらってきたからわけてやろうと思ったけどやーめた」

「え?テラシマのチキンカツ?食べる食べる!おなかぺこぺこなの!」

「う〜ん。じゃあ缶ビール一本とトレードな」

「やった!すぐ上がるから待ってて!」

そんなふうに急遽ベランダ越しのプチ宴会が始まることも稀ではない。

もし自分に弟というものがいれば、こんな感じなのかもしれない。
これがもし彼氏や旦那だったらちょっと嫌だな……とは思うけれど。




「んー。やっぱ絶品だよね。テラシマのチキンカツ」

ベランダに持ち出した丸椅子にぺたんと腰をおろしながら、私は衝立の向こうの木村に話しかける。

ちゃんとしたお弁当もいいけれど、こういう場所で行儀悪く手づかみで食べるカツというのもまた格別においしい。

さくさくの衣からじわっと滲む油がキンキンに冷えたビールに抜群にあう。

「なんかうちの店長のこだわりらしいよ。昔実家で鶏飼ってたって」

「へーそうなんだ。近所にたくさんお弁当屋さんあるけど、テラシマが一番おいしいよ。私の好きな桜漬けもいっぱいはいってるし」

べつにチキンをもらったからおべっかを言ってるわけでもなく、本心でそう思っている。
しかし当の木村はテラシマの弁当の評価などどうでもいいようだ。

「その弁当が売れてるおかげで俺は就職活動もままならねーんだけどな」

「どういう意味?」

「うーん……最近バイトが忙しすぎて面接行く時間がとれなくてさ」

「仕事、探してるんだ?」

私の中で木村は「テラシマの従業員」というイメージしかないけれど、木村にしてみればテラシマは次の仕事につくまでのつなぎのアルバイトでしかないらしい。


「そりゃあ、早く仕事見つけて、引っ越さないとって毎日思ってるよ」

「え?来たばかりなのに、また引っ越すの?」

「うん……。ま、就職……できたらだけどな」

就職したからといって住むところまで変える必要はないと思うが、仕事が見つかったら結婚でもしようと思っているのだろうか。

生活を見るかぎり女の気配はまったく感じられないのだが。

木村の口が重くなったのでそれ以上は詮索しなかったが、『せっかくちょっと仲良くなったのに、もし出て行ってしまったら、寂しいな…… 』と思った。


いつもなら思ったことはなんでも言えるのに、なんとなくその気持ちは口に出してはいけないような気がして、私は缶に少しだけ残っていたビールを、ゴクリと一気に飲み込んだ。







END








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