昔の恋人-12
「そうなんですけど、もう下がっていて、今日はウーロン茶しか飲んでません。由梨さん、笹原は大丈夫ですよ。」
由梨さんは不服そうだが、矢代に言われてしぶしぶ納得した。
「で、そのたかちゃんは?」
「ちょっと席を外してます。むしろ冴木先輩、急に呼び出してすみませんでした。大丈夫でした?」
矢代が謝ると由梨さんは笑って言ってくれた。
「全然大丈夫。ちょうど事務所から出て帰ろうとしてたとこだったから。しかも聞いて!今日午後から事務所に行ったらエレベーターの点検で、8階まで階段だったんだよ!」
「掲示板にも、エレベーターにも点検のお知らせって貼ってあったじゃないですか!」
「まさか今日と思ってなくてさ。把握してなかった私が悪いんだけど、損した気分になっちゃったよ。」
不服そうに話す由梨さんに大輔さんは、いつも由梨さんに向ける優しい笑顔で由梨さんの頭に、手でポンポンとしながら言った。
「ま、把握してなかったお前が悪いけど、その分運動したと思えよ。一昨日まで行ってた札幌出張の時のルタオのケーキあるから。食べに来い。矢代ちゃんも是非、どうかな?」
由梨さんは瞳を輝かせ喜んでいる。
それを見て矢代が笑いながら答える。
「いえ、私は大丈夫です。お邪魔しちゃ悪いですから。先輩、仕事出られてたんですか?大丈夫ですか?」
「大丈夫。来週の年度末には終わらせたいだけだから。ここ数年、歓迎会にはことごとく最初参加できてないから。今年こそ最初から参加してやると思ってね。
そういえば何で2人なの?大輔くんの会社の方は?」
由梨さんの質問に、矢代の顔が引きつる。
「それが、私がちょっとやっちゃいまして。申し訳ないけど、急遽中止にしちゃったんです。」
「いや、矢代ちゃんが悪い訳じゃないから!」
慌てて大輔さんがフォローすると、由梨さんが笑って言った。
「大変だったみたいだね。でも、大輔くんが悪くないって言うんだから、香苗ちゃんは気にしなくて大丈夫だよ。
ほらー、大輔くんがしっかりしないから香苗ちゃんが気にしちゃってるじゃん。罰としてご飯おごりね。よし、香苗ちゃん、選ぼう!私お腹空いちゃった。」
うろたえる矢代に大輔さんが優しく言う。
「矢代ちゃん、本当大丈夫だよ。嫌な気持ちにさせたんだからちゃんと奢るよ。」
「大輔くんが言ってるんだから大丈夫。ご飯でもデザートでもOKだよ。」
そう言ってメニューを見始める由梨さんと矢代。
その姿を見る大輔さんの笑顔は、由梨さんにしか向けられないもので、きっと大輔さんの瞳には由梨さんしか映ってないと思う。
「里見さんってあんなに甘い顔するんだ。」
椎名はボソッと呟く。
「あぁ、冴木さんには特別だよ。学生の時からだから。」
俺の言葉に椎名は黙り込む。