〜侵略〜-5
「‥では司令官殿は、降伏をお考えですか」
将軍が恐ろしい顔で睨むのをよそに、分析班長はどこか諦観した表情で質問を投げかける。
「いや、我々に降伏はない。仮にしようと思ってもできないだろう」
「それはいったい、どういう‥」
「敵が我々の言語を理解できるのは明白だ。だが、一度足りとて奴らから降伏勧告がなされたことはない。奴らにとって我々は、駆除すべき虫けらにすぎないのだ」
声もなく椅子に屑折れる班長をよそに、司令官は言葉を続ける。
「惑星連合が発足されて200余年、我々は戦争の脅威を克服し、平和な時代を築きあげてきた。だが今、新たな外来勢力により存亡の危機を迎えている」
一語一語を噛みしめるように吐き出し、口調は次第に熱を帯びてくる。
「我々は生き延びねばならぬ。争いに満ちた種族に滅ぼされるなど断じてあってはならぬことだ!」
席を立ちあがり、司令官は会議場の全ての将校、科学陣を見渡し、担うべき最後の責任を果たそうとした。
「諸君らに最後の命令を下す。これより基地の生存者全てを森林地帯に避難させよ」
思わぬ命令に場内がざわめき、意図を察しかねた将校の一人が立ちあがる。
「それで、その後はどのようになさるおつもりで?」
「生きよ」
「‥はっ?」
「作戦はない、森の奥深くに潜み、何としてでも生き延びよ。我らの血を絶やしては‥」
司令官の言葉が終らぬうちに、突如警報が鳴り響く。それは不吉な鳥の鳴き声のように、神経に障る音で泣き喚き、基地全てに緊急事態を告げる。
「緊急事態、緊急事態、南方より未確認飛行物体あり」
制空権を握られた今、空を飛ぶものは敵機以外なかった。再び場内が緊張した空気に包まれる。
「‥機影を確認、敵戦略爆撃機2機、護衛機8機、くそっ、まっすぐこちらへ向かってきます!」
「ついに、発見されたか!」
将校の叫びと共に、緊張に耐えかねた科学者達が、我先にと出口へ殺到する。参謀長官の制止の声も届かず、会議場は混乱の坩堝と化した。鋼の規律で支配されたはずの軍部は、恐怖の前にひれ伏し、その秩序を失っていた。
Gaooon!
巨獣の吠え声のような銃声が辺りを聾する。その音は科学者達の恐怖に一層の拍車をかけたが、将校達の正気を取り戻させる役には立った。
「将校諸君!」
拳銃を天に向けたまま、将軍は銃声に負けぬ大声で部下達を叱咤する。
「命令は降された。現時刻を持って我々は森林地帯への避難を開始する。衛生班と後方部隊はその任に就け、指揮は中将に任せる」
そして将軍は司令官に向き直るや、最上位の敬意を込めて敬礼する。入隊以来何度も繰り返した姿勢だが、これが最後になることを彼は実感していた。