異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド・メイヴ-6
「そういうわけでして、今後何か不調法をしないためにも誰かに習っておいた方がいいかなって」
「……呆れた」
ファスティーヌは、非難がましくジュリアスを見る。
「そんな事を託しておきながら、基本的な事も教えてなかったの?」
「いや俺も初めて聞いて……腹の探り合いのお茶会にわざわざ茶葉を複数用意するなんて、サービス精神旺盛な事態はさすがに予期してなかったなぁ」
ジュリアスの言い分も最もだと、ファスティーヌは肩をすくめる。
「いいわ。伯母の手が空くまでの間に、基本は教えてあげられるでしょう」
テーブルに置いてある鈴を振って召使を呼んだファスティーヌは、どっさりと指示を出した。
「今の様子を見ていると、マナーは申し分ないわ。必要なのはお茶やお茶受けの名前や味ね。一般的な物は大公爵家に常備してあるでしょうから、ちょっと珍しい所を用意させたわ」
そしてファスティーヌはメルアェスの使いが来るまで、深花にお茶の知識を教え込んだのだった……。
王子夫妻とたっぷり親交を深めた後に謁見した王妃は、相変わらず堂々とした女性だった。
「婚約したようね、おめでとう」
開口一番にそう言われ、深花はぽかんとする。
「ありがとうございます」
そつなく、ジュリアスが返事をした。
王妃の情報網のとんでもない素早さをすっかり失念していた事に気づき、深花は赤くなる。
以前にユートバルトの部屋近くで行われた二人だけの秘め事すら耳に入っていたのだから、蔵書庫での痴話喧嘩など当然知っているわけだ。
「エルヴァースとの不和も解決したそうね?」
二人に椅子を勧めつつ、メルアェスは問うた。
「ええ。彼女のおかげで」
「そう」
メルアェスが、嬉しそうに微笑む。
「私の見立て以上の活躍をしてくれるのね、あなたは」
「……へ?」
思わず間抜けな声を発すると、二人が吹き出した。
「お前なぁ……せっかくメルアェスが褒めてるのに、その返事はねえだろ」
「私があなたに注目しているのも気づかなかったかしら?」
「え……えぇ!?」
驚く深花に、ジュリアスが言う。
「メルアェスがお前の能力テストをしてるって言ったろ?注目もしてないどうでもいい人物に、誰がそんな真似をするかよ」
「そういう事よ」
愉快この上ないといった顔で、メルアェスは言う。
「その調子だと、ユートバルトがあなたに注目しているのも気づいていないようね」
「えーっ!?」
「息子はあなたの能力を認め、側近に迎え入れる事を検討しているようよ?今日、ティトーがあなたを息子と引き合わせたのもその一環」
「相談役、イコール側近。よかったな、ミルカ退役後も就職先には困らないぞ」
口々に言われ、深花は思わず立ちくらみを起こす。
ふらついた深花を抱き留めて椅子に座らせると、ジュリアスはメルアェスに向き直った。
今日登城した本来の目的、王族への挨拶を重々しく済ませる。
王妃は子供世代、王は親世代と接してもてなしているのだ。
ジュリアスの挨拶へ形式的に答え、メルアェスは挨拶を終わらせた。
「今日はずいぶん色々あったでしょうから、ゆっくり休みなさい……休めるのならね」
婚約を承諾してもらって嬉しさのあまり理性の溶けているこの男が、容易に寝かせるとは思えないが。
「……はあ」
迫力のない声で、深花は頷く。
自分自身が自分の価値をあまり認めていないのにどうして周囲の評価はこんな高いのか、理解できない。
「とりあえず、今日の所はご苦労様。今年一年の働き、期待しているわよ」