異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド・メイヴ-16
それから、しばらくして。
長い休暇が終わる間際、大公爵邸で過ごす最後の夜。
家族揃っての夕食が終わり、寝室に引き上げると深花が何やらそわそわしている。
「?」
とりあえず、着替えを見られる事を恥ずかしがる彼女のために自分の寝間着を手に取って、ジュリアスは居間に戻る。
何度見ても全く飽きないが、彼女の体で見ていない所はもはや内臓くらいしかない。
それくらい見尽くされているのに、何がそんなに恥ずかしいのか理解できない。
寝間着に着替えて寝室に戻れば、ネグリジェを纏った深花が大きく飛び上がった。
その手に抱えているのは、リングピローだ。
ベルベットの枕の上に、指輪が二つ。
「?」
ジュリアスの困惑は深まる。
「わ、笑わないで聞いてね!?」
緊張からか、その声が上擦っている。
「わ、私が元いた世界の風習なんだけど……」
深花の指が、ベッドに腰掛けるよう促す。
おとなしく、ジュリアスはそれに従った。
「昔ね、左手薬指の血管は心臓に繋がっているって言われていたの」
大きい方の指輪を、深花は手に取る。
「もちろん今ではそんな事はないって証明されてる。けど、大切な人の心臓に一番近い指に愛情の証を嵌める風習は残ってるんだ」
骨張った手を取り、深花は指輪を近づける。
「あなたに、受け取って欲しいの……私があなたを愛する証を」
彼女が何をしたいのか理解したジュリアスは、口許を綻ばせた。
「もちろんだ」
微笑んで、深花はリングをジュリアスの指に通す。
さんざんに顎を掴まれたり頬を撫でられたりしているので、指のサイズは分かっている。
当然、彼の薬指にぴったりだった。
「こっちの風習が分かるなら、それに合わせたんだけど……」
申し訳なさそうな深花を、優しく抱き寄せる。
「いや、これでいい……この風習を知るのは、俺達二人だけだろ?こっちの風習で祝福するより、ずっといい」
ジュリアスは、深花の左手を取る。
「指輪が二つ用意されてるって事は、俺もだな?」
「……うん」
「愛する証、か」
感慨深げに、ジュリアスは呟く。
「くれてやるって言ったくせに、むしろ俺の方が証を欲しかったんだな」
指輪を手に取り、その指に通す。
日常生活で着け続ける事を考慮した、シンプルなデザインの指輪だ。
「愛してる」
同時に言って、二人は唇を重ねたのだった。