異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド・メイヴ-11
「まあ、お気になさらずともよろしかったのに」
ころころと上品に笑いながら、メナファは言う。
「でも、お気遣いに感謝しますわ……」
メナファはじっと、深花の顔に視線を注ぐ。
「何を気に病んでらっしゃいますの?」
「え……」
いきなりの質問に虚を突かれて、深花は目をぱちくりさせる。
メナファの目には、彼女が嫉妬で懊悩しているようにしか見えなかった。
そこを聞いてみればこんな反応を返すという事は、彼女自身がそれに気づいていないという事だ。
ならば、別方面から攻めてみようと思う。
「失礼。気に病んでいらっしゃるのではなく、お疲れのようですわね」
警戒心を抱かせないよう、殊更に優しい口調を装う。
彼女が自分に嫉妬しているなら、自分だって彼女に嫉妬しているのだ。
あれほど立派になったジュリアスの愛情を一身に浴び、この短期間で結婚を決意させるほど惚れられたこの女に。
「よろしければ、こちらへどうぞ。疲労を和らげる香をお焚きしましょう」
メナファは立ち上がり、深花の手を取る。
「ね?」
優しく微笑みかければ、基本的に人を疑わないお人よしな性格が顔に滲み出たこの女が断れるはずもない。
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
やはりこちらを疑わず、彼女は立ち上がった。
メナファは深花を、隣室へ案内する。
そこは、メナファの寝室だった。
どちらの部屋も仕事とは完全に切り離された、メナファのプライベートルームだ。
「ベッドへどうぞ。今、香を用意いたしますわ」
言われるまま、深花はベッドへ横になる。
「さあ、どうぞ」
ベッド脇のテーブルに、煙をくゆらせる練り香が置かれた。
バニラのような甘い香りの中に一筋、どこか淫靡な匂いが潜んでいる。
その一筋は何だか少し前に嗅いだ事があるような気がしたが、それがどこかは思い出せなかった。
「香油もございますのよ。体のコリ、ほぐして差し上げますわ」
「え!?」
いくら何でもそこまでしていただくのは申し訳ないと、深花は体を起こしかけた。
「大丈夫。リラックスなさって」
それより早く、メナファは深花の服を剥ぎ取る。
「あ、ちょ……!」
「女同士、恥ずかしがる必要はございませんわ」
まごつく深花からスリップを脱がせ、体を締め付けるスリーインワンの戒めをほどく。
「あ……」
体に残るのがショーツとストッキングのみになってしまい、深花はようやく諦めたらしい。
手の平で人肌に温めたオイルを背中に垂らし、メナファはマッサージを始める。
彼女の背中には、いくつも紅い痣ができていた。
本人の気づかない場所にキスマークを付け、身も心も自分のものだと所有権を主張しているのだ。
人を疑う事を知らないだけで尻軽な女とは思えないから、単純にジュリアスの嫉妬だろう。
他人に彼女をくれてやる気はないというメッセージに、メナファは苦笑した。
今から自分は、そのメッセージを無視して彼女を盗み取ろうとしているのだから。
焚いた香の中には、リステュルティカの木の根が混ぜてある。
マッサージオイルにも、そのエキスが混ぜ込んであるのだ。
男性並みに受け付けない体質の自分はともかく、彼女は……狂う。
娼館の女主人として、メナファは女性同士のそれもたっぷりこなしてきた。
ジュリアスの婚約者を、堕としてやる。