やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑱-7
主審が右手を上げた。
これで２ボール２ストライク。
（さて、決め球は…）
乾は、打席の後ろいっぱいに下がった──どんな球にも対応しようと。
ピッチャーが左足を上げ、窮屈な体勢になった。
解放した上体を旋回させ、右腕を振りだした。
ただ、右腕がわずかに横振りだった。
ボールが外の高めにきた。
（カット！）
乾はファウルしようと、外へとステップを踏み込む。だが、ボールはシュート回転して、さらに遠くに逃げた。
「くそ！」
ボールの変化に、バットはついて行けなかった。
しょげかえってベンチに戻ってきた乾に、達也が声をかけた。
「惜しかったな」
「ああ、見落とした」
どうやら、最後の球についてだろう。乾は、ヘルメットを取りながら話し続ける。
「あの腕の振りなら、気づかにゃだめだな」
「だが、初回でよかったよ」
そこに、加賀が割って入った。
「チャンスでいきなりあの球なら、併殺打だ…」
加賀のひと言に、達也は頷き呟く。
「そういうこと。だから、おまえの凡退も価値があるんだ」
２人の言葉に、乾は口をへの字に曲げて拗ねた。
「なんだいそりゃ？監督みたいな褒めあげか」
その途端、達也と加賀、それに話を聞いていた周りの笑いを誘った。
「まあ見てろって。あの打席が活きるから」
達也はそう言うと、ヘルメットを被ってベンチを出た。
青葉中ベンチに、異様な和やかさが漂っている中、２番足立は５球目を凡打に終わった。
打順は橋本淳。２アウトだが、ここでランナーを出せば、次はポイントゲッターの達也だ。
青葉中、大谷西中とも、重要な局面を迎えた。
右打席に入る。体躯は相手ピッチャーと同じくらい。キャッチャーは、外野手に下がるよう指示を出す。
その初球。淳の鋭い振りが、ストレートを叩いた。
強い打球が、３塁のライン際へ。サードは、横っ飛びでグラグを伸ばした。が、打球はグラグを弾いてファウルゾーンを転々とする。
サードが慌てて起き上がり、ボールを追おうとした時、３塁々審が両手を上げた。
ファウルだ。
青葉中ベンチとスタンドから、嘆き声がどよめいた。
打球の速さを見た外野手は、さらに下がる。
２球目は、外へと逃げるカーブ。淳の頭の中にはなかった。
前のめりになる身体を必死に抑え、かろうじてボールに当てたが、打球はまたもファウルとなった。