〈不治の病・其の一〉-9
「むぐッ!!ぐぐぅぅ!!!」
火事場の馬鹿力だろうか。亜矢は男に腕を掴まれているにも係わらず、必死に腕を伸ばしてナースコールのボタンを押した。
(た、助けて!!助けてぇ!!)
ガチガチと音を鳴らしてボタンを連打して、亜矢は助けを求めた。
患者の異状を知らせる非常ボタンの意味もあるナースコールを、ナースステーションにいる人達が気付かぬはずはない………。
『…………』
520B号室に赤いランプが点灯し、非常事態を訴えているが、婦長もナース達も、他人事のように見つめるだけ。
だれも通話用のインターホンには触れようとはしない。
その数秒後、今度は別の部屋のランプが点灯した。
それはA棟の病室だった。
ナースは素早くインターホンのボタンを押し、語りかけた。
{……すいません、痛み止めの座薬下さい}
どうやら腰の手術を終えた患者が、痛みに耐え切れずに助けを呼んだようだ。
鎮痛の座薬を持ったナースは、駆け足でその部屋まで向かっていった。
亜矢を放置したままで……。
『へえ〜、コイツはイイ女だ』
『脚も長くて綺麗だな。コスプレしたAV女優みたいだ』
下から抱き着く患者に口を塞がれ、ベッドの左右に立つ患者には両手を掴まれている。
ナースコールのスイッチはしっかりと握られたままだが、助けを待っていられないとばかりに長い脚を振り回し、逃げだそうと足掻いていた。
カーテンは開けられ、室内の照明は煌々と照らしている。
淫虐な夜は、今開いたのだ。
『前の病院じゃアイドルだったって?』
『いろんな男の《汁》を飛ばさせてたって事ですかな?』
「う……うぅ……」
亜矢には、未だに今の状況が理解出来なかった。
これだけの人数が束になれば、監禁しての乱暴など容易いのは分かる。
しかし、大勢の人が利用する病院の一室で、それを行ったところで直ぐに発見されてしまうのがオチなはずだ。
それなのに、この男達は余裕すら漂わせ、ナースコールのボタンを押されても焦りもしない。
自分を捕える時の素早さ、力強さは、間違いなく患者などではない……少しずつ、亜矢の中で解析が進んでいったが、そんなものを吹き飛ばすように、患者達は亜矢に襲い掛かった。