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『約束のブーケ』
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『約束のブーケ』-7

「修ちゃんのようには、上手くいかないね」

ほら、やっぱり気付いてない。

「修ちゃん」

「何だ?」

「進路、聞いたよ。推薦だってね。おめでとう」

ピアノを弾いたまま、明良は手を休めずにそう言った。
そうか、まだ、こいつには話してなかったっけ。

「お前はもう決めたのか?」

「私?私はね・・・」

明良はここから程近い市立の高校の名を挙げた。
取り立てて特徴のない、偏差値も普通の学校だ。
僕も今の推薦がなければそこを受けていたと思う。
分かっていたはずだった。
だけど僕はこの時まで気付かない振りをしていた。
心のどこかでそれを否定していた。
小さいころからずっと一緒だった明良が、僕の傍からいなくなってしまうということに。
彼女が言葉にして初めて、それは現実になった。

「私、修ちゃんを追いかけていれば、なんでも出来ると思ってた」

明良がささやいた。
聞きとれないほどの小さな声が音に乗って、僕の耳元で響いた。

「でもね、それだけじゃ、ダメらしいんだ」

音が途切れた。
明良が演奏を止めたのだ。

「先生に言われた。私、人より指が短いんだって」

彼女が両手をかざしてこちらに見せる。
僕より一回り以上も小さい手。
女の子と言うよりは、子供みたいな小さな手。

「このままだとどうしても弾けない曲が出てくる、って。そう言われた。私クラスでも一番背が低いし、この前の身体測定でも4月からあんまり変わってなかったから、先生の言葉も、なんか納得できたんだ。今だって、現にほら、修ちゃんの曲、全部弾けないでしょ?」

僕は差し出された明良の手にそっと触れた。
指先の筋肉が固くなっている。
こんなに小さな手をしているのに、僕の手と明良の手は同じくらいマメとタコだらけだった。
手の大きさだけが、まるで明良だけが時間が止まってしまったかのように、幼い頃のままだった。

「だからね、おしまいにするの」

明良が真剣な眼差しで僕を見た。
僕は何かを言おうとして、でも何を言うべきなのか分からなくて途方に暮れた。
固まっていたままの僕を見ながら、明良は優しく微笑む。

「私、もうピアノは弾かない」

静かになった音楽室で、明良の声だけが波紋の様に広がっていった。



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