『約束のブーケ』-3
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数年振りの実家に戻ると、母さんは僕の顔を見るなり素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「帰ってくるなら連絡くらいよこして」と文句を言われたが、ちゃんと事前にメールを送っていたことを告げると「使い方がわからないのよ」ときたもんだ。
こうなったら電話を掛けなかった僕が悪い。
自室に荷物を置いて、部屋着に着替えてから居間に入ると、母さんがお茶を淹れてくれたのでいただくことにした。
「あっちの仕事はいいの?」
洗い物をしていた母さんが、振り返らずにそう聞いた。
「大丈夫、一週間くらいこっちにいる予定」
「この前、片山さんから電話をいただいたのよ」
片山さんは今の事務所に入ってから僕に付いたマネージャーだ。
普段、日本中を飛び回ったり海外に行くことも多いため、僕は実家にはほとんど連絡を入れていなかったが、片山さんが気を利かせて、代わりに近況等を両親に伝えてくれる。
携帯が使えない母はこうして、息子の情報を仕入れていた。
「あんた、今度TVに出るんだって?」
「NHKだけどね」
「母さん、しっかり録っておくからね。ご近所に配布しなきゃ」
ご機嫌な声で悪魔のようなことを言う母だった。
僕はさっさとお茶を飲み終えると、仕事でPCを使いたいと言って席を立った。
部屋を出ようとした時に、ねえ、と母さんが僕を呼びとめた。
「明良ちゃんにはもう会ったの?」
「ああ、バス停まで迎えに来てくれたよ」
用事があるといって明良とは帰りのタクシーが別になった。
少し急いでいた風にも見えた。
時計を気にしていた風にも見えた。
それでもバス停で待っていてくれたのは変わらぬ彼女の優しさだった。
すっごく綺麗になってたでしょ、と母さんは僕の心を見透かしたように言った。
まるで自分の娘のことを話してるみたいに嬉しそうだった。
返事を返さずに、部屋を出た。