『約束のブーケ』-23
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晩秋。
木に付いた紅い葉が散り、足元の道を埋め尽くしていく。
ほんの少しだけ肌寒くなって、僕は腕に巻いていたコートを着込んだ。
人気のない階段を上ると、木々は消え、街が見渡せるほどの開けた場所に出る。
今日は平日だから町の人達はいつもの通常運転だろう。
腕時計を見ると、午後2時を指そうとしている所だった。
僕がここにいられる時間は、もうそんなにない。
汲んできたバケツを手に持って、彼の元へと向かった。
「こんにちは、聡さん」
そう言って僕は、絞った雑巾で墓石を拭いて花を取り換えた。
持ってきた線香にライターで火を付ける。
供え終わってから静かに手を合わせた。
「この前はろくに挨拶もできなかったですよね。あらためてお久しぶりです」
僕は墓石に向かってそう語りかけた。
聡さんは何も言わずに僕を見下ろしている。
「本当はゆっくり話したい所なんですけど、今日で帰らないといけないんです」
明日からは東京でまた仕事が待っていた。
もともと、片山さんに無理を言ってもらった休暇だ。
戻ったらさぞスケジュールがたまっていることだろう。
「透と三人で過ごした高校時代が懐かしいですね。でも、後悔はしてないんです。自分で選んだ道だから」
思い出は輝いていた。
僕はそれを、最近になってようやく自覚することができるようになっていた。
人並みに幸せだったと胸を張って言えないかもしれないけど。
それでも僕は僕なりの青春を見つけていた。
僕が育ったこの場所が、愛おしいと感じられるほどに。
「明良も一緒に、連れていきます」
そこには誰もいない。
答えは返ってこない。
だから僕はもう一度手を合わせた。
代わりに後ろから声が聞こえた。
「やっと追い付いた」
明良は少し息を切らせてそう言った。
「修ちゃん、歩くの早いよ。先に行っちゃうんだもん」
「明良が遅いんだろ」
僕はそう言って、傍に寄ってきた明良の分の線香に火を付けた。
明良は線香を受け取って、墓前に供える。
どれくらいの時間が経ったろう。
それは10分だったかもしれないし、たった数秒の事だったかもしれない。
だけどその時間の全てに二人の刻んだ思い出が詰まっているような気がして、僕は黙って後ろから眺めていた。
明良はやがて立ち上がると、
「行こっか」
と言って僕の腕を取った。
明良に引っ張られるようにして、僕たちは歩きだす。
「ねぇ、修ちゃん」
「うん?」
「先生は修ちゃんになんて言ったのかな?」
聡さんは答えてくれなかった。
どんなに願っても、叶わないことだと分かっていた。
それでも僕は、
「そうだな。きっと…」
耳を澄ませば、聞こえてくるような気がするんだ。
風に乗って運ばれてくるメロディ。
それを信じたくて僕は明良の指先に触れる。
握り返された手の強さを、いつまでも覚えていようと思った。
いつか日々が続き、色褪せてしまっても。
想いは届く。
絶えることなく受け継がれていく。
人から人へ繋がってゆく。
かつて僕がそうしたように。
彼もまた、同じ選択をしてくれたのだと思う。
だって、ほら。
後ろを振り返れば、見えるから。
僕らの大切な人が眠るその傍らに。
ひっそりと、白い花が咲いていた。
End