『約束のブーケ』-2
「修ちゃん、待ってよ」
家までの帰り道、僕の後ろを歩く明良の声が弾む。
学校や、ピアノ教室が終わったら、明良を家まで送るのは僕の仕事だった。
年は一緒のはずなのだが、僕はこの頃から急激に背が伸び始めクラスの中でも並ぶ時は後ろから数えた方が早かった上に、無愛想な態度で周囲の人間をなめきっていたので、どこへ行っても子供扱いされなかった。
その上、対をなす様に明良は幼い顔立ちをしていて、素直ないい子だったから、一緒に歩いていると年の近い兄妹みたいだった。
「修ちゃん、歩くの早い」
横断歩道で待っていた僕に追いつくと、明良は息を切らせながらそう言った。
「明良が遅いんだろ」
ぶっきらぼうな言葉を投げかけると、それだけで明良はダルマさんの様に真っ赤になって頬を膨らませた。
無駄だ。
そんな仕草をしても、冷徹人間の僕には通用しない。
「早く帰って勉強したいんだよ」
現代小学生の夜は何かと忙しい。
寝る時間が早いからスケジュールは限られている。
「そんなに遅くまで勉強してるの?」
「今度の通知表がオール5だったら、母さんにピアノ買ってもらえるんだ。体育以外」
「体育は5じゃなくてもいいの?」
「いいんだよ、無理だから」
世の中には努力だけじゃどうしようもないことだってある。
明良は感心しきった様に頷くと、僕の隣に並んだ。
スカート部分がレースになっている赤いワンピースが、足の動きに合わせてひらひらと動く。
この前から来ている新しい先生も、可愛いとすごく褒めていた。
明良は勉強も運動も普通の子だったけど、僕にはないものをたくさん持っている。
「修ちゃんはホントにピアノが好きなんだねぇ」
「他に取り柄がないからな」
冗談ではなく、本気でそう言った。
実際、他の生徒からそれに近い陰口を聞いたこともある。
「うーん」
明良は困った様な顔でひとしきり唸ると、
「それは違うんじゃないかな」
「何が違うんだよ」
「わかんない」
明良はそれ以上何も言わなかった。
あまり深く追求すると泣き出しかねないから、僕もそれ以上は聞かないことにした。
同年代で僕に親しくしてくれる唯一の人間。
その明良が、ピアノ以外の僕を見てくれている。
うれしくなかったと言えば嘘になる。
だけど、それが何かまでは言ってくれなかった。
自分のことを一番理解している彼女でさえもわからない物が、僕にわかるはずもなかった。