『約束のブーケ』-19
「義姉さんを思いながら、曲がらなかった。そして、彼女の為に身を引いた。そんな先輩を、僕は尊敬します」
透はいつもの、人の良さそうな笑顔でそう言った。
そこで僕は、彼が全てを知りながらも飲み込んでいたことを知る。
透は僕がずっと言えなかった事を理解していたんだ。
その上で、僕を認めてくれている。
僕は透のことを、良く出来た後輩だと思っていた。
人付き合いに長けた世渡りが上手いタイプ。
聡さんから昔のことを聞いてからも、若干印象は変わったがその思いは変わらなかった。
でも透が本当にそれだけの人間だったなら、ここまで見透かされることはなかったはずだ。
透は弱さを知っている。
本当の、弱さを。
「ありがとな、透」
恥ずかしくて面と向かって言えずに、そっぽを向いたまま僕は礼を言った。
「お前、良い先生になれるよ。僕が保証する」
それを知っている透ならなれるだろう。
きっと、兄以上に。
「そろそろ時間ですね」
腕時計を見て透が言った。
「じゃあ、僕はそろそろ。仕事が残ってるんで」
「ああ」
「応援してますよ、一ファンとしてね」
言い残して、透は部屋を去った。
僕はそれを見送ってから、ピアノの前に向かう。
鍵盤に積もった埃を手で払うと、椅子を引きそこに座った。
目を閉じ、鍵盤に手を触れる。
普段、誰にも触られないその古ぼけたピアノは、その見た目通りの古ぼけた音を奏で、今日という日を飾ってくれるだろう。
――さあ、始めようか。
そう念じて、僕は演奏に入った。
紡ぎ出した音を、歌に変えて。