異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-36
「復縁したら貴族令嬢辺りと結婚する気なんだろうと思ってたから、なおさらびっくりした」
「何でそんな不実な真似をしなきゃなんねえんだ?どうやら、まだ思い知ってなかったみたいだな……今度は三日三晩を覚悟しろ」
「いやそれはもう思い知っ……」
「いーや思い知ってねえ。四日四晩に増やしてやる」
「……」
どうやら、反抗するだけ無駄なようだ。
「……エルヴァース君と話したいんだけど、いい?」
ジュリアスを見上げ、深花は言う。
「あなたと話したらエルヴァース君が殴り殺されかねないから、私に話させて欲しいの」
「……分かった」
「じゃ、ちょっとこっちに来て」
二人は、エルヴァースの私室へ行った。
「ごめんね」
二人きりになると、いきなり深花が謝る。
「え?」
戸惑うエルヴァースに、深花は言った。
「ジュリアスがあなたを殴るのを、止められなかった。いきなり殴るとは思わなくて……」
「あなたに情けをかけられる謂れはありません」
エルヴァースは、そっぽを向く。
「エルヴァース」
毅然とした声に、彼は深花を見た。
「その主義はあなたに不利益しかもたらしていないのに、どうしてそこまで固執するの?」
ぐっとエルヴァースが詰まった所で、深花は畳み掛ける。
「一度はあなたの言葉に動揺して逃げ出してしまったけど、私はもう迷わないよ。私の迷いは、彼を惑わせるから」
「……え?」
「最初は私とそういう関係になった事で、女を抱え込んだ事で弱くなったんだと思った……けど、違った。私が迷うとね、それを解決したくて彼が惑うの。ジュリアスに、惑いはふさわしくない。彼を支えたいなら、私は迷っちゃいけない。そして、逃げてもいけない。私が逃げたら、彼はしなければいけない事もほったらかして私を捜そうとするから」
聞いていられなくなって、エルヴァースは耳を塞いだ。
「聞きなさい」
その手を掴み、深花は続ける。
細い腕には似合わない強い力に、エルヴァースは驚く。
「あなたの主義主張と相反する私が家に来てから、あなたが得たものは何?直しておけと警告された主義を押し通そうとして、ジュリアスの怒りを買っただけじゃない。彼は自分が家を継ぐ時、腹心として信頼できるのはあなただと言っていたのに」
「……離せっ!」
深花の手を振り払ったエルヴァースは、手を振り上げていた。
この女の戯言に耳を貸していたら、何かが崩れ去ってしまう。
それが、恐ろしい。
この女が、恐ろしい。
父も妻もあっという間に篭絡されてしまった事が、恐ろしい。
「あんたなんかっ!」
下ろされた手を、深花が受け止める。
次の瞬間、エルヴァースの視界が反転した。
背中に走った衝撃は、彼の理解を超えている。
「こう見えて、いちおう軍人ですからね」
上から覗き込まれて初めて、自分が投げ飛ばされたのだと知った。
「格闘訓練もたっぷり積んだし、たいていの人には負けないよ」
慌てて立ち上がろうとしたエルヴァースの頭は、深花に捕らえられる。
「……そんなに平民が嫌いなの?」
胸に顔を押し付ける形になってしまい、エルヴァースは狼狽した。
しかし、深花の発した一言で硬直する。
「お母様も平民の出なのに?」