異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-28
自分が少し前に噂になったバランフォルシュのパイロットである事と、ジュリアスがレグヅィオルシュのパイロットである事。
右も左も分からない自分に言葉を始めとする諸々の事物を教え込んでくれた事。
語るうち、深花は思う。
今の自分は彼によって形作られ、彼のものになって、彼を手酷く裏切ってしまったのだと。
そこまで考えてから、深花はぎくりと身を震わせる。
黒星を大公爵邸に帰すべきではなかった。
黒星が戻ったら、おそらくジュリアスは一目散にここへやって来る。
ジュリアスとメナファが再会するのは複雑な気もするが、仕方ないといえば仕方ない事だろう。
しかし、自分が受けるべき怒りをこの家で爆発させる必要はない。
ここは暇乞いをして、被害を食い止めるべきだ。
「あの、メナファさん……」
「はい?」
「申し訳ないんですが、所用を思い出し……」
言葉の途中で、玄関のドアノッカーが複数回鳴らされた。
「……手遅れかな」
執事より早く、深花はドアを開けた。
ノッカーを掴もうとしたのか、こちらへ手を差し出したジュリアスとばっちり視線がぶつかる。
「い……た……」
とっさの事で反応の遅れたジュリアスの脇を抜け、深花は外へ飛び出した。
「深花!」
逃げ切る前に、体を捕らえられる。
「手間かけさせやがって!」
「離して!」
「誰が離すか馬鹿!」
暴れる深花のうなじに、唇が押し当てられた。
「だって……合わせる顔、ないよ……」
自分を抱き締めている腕を振りほどこうと、深花は無駄な努力を試みる。
「なんでお前がそう考える?」
「……約束、破っちゃったし……怒ってるんでしょう?」
唇が、耳を食んだ。
「ああ、怒ってる……お前を傷つけた、エルヴァースにな」
自分には、怒ってはいないのか。
驚いて一瞬力が抜けた隙を見計らい、ジュリアスは深花の体を反転させた。
「約束を破った自覚があるなら、逃げるより先にする事があんだろ?」
瞳を覗き込んでくる真摯な眼差しはこちらをいたわるばかりで、怒りなど微塵も感じさせない。
「ご……」
自分がした事は、この男を傷つけただけだ。
なのに怒らず、ただこちらを心配している。
「ごめんなさい……」
そう呟くと、ジュリアスは微笑んだ。
「もう二度と、俺の傍から勝手に消えるんじゃねえぞ」
改めて抱き締められた深花は、その力強さに驚く。
そして、この腕に包み込まれる居心地のよさにも。
「とりあえず、帰るぞ。親父も待ってる」
「あ、待って」
黒星に乗せるために深花を抱き上げようとしたジュリアスは、拒否されてむっとした顔になる。
「ここの人にお詫びしなきゃ……会ったら驚くよ」
含みのある言い方に、ジュリアスは渋い顔になった。
「深花様?」
滴るような色香を含んだ声は、確かにどこかで聞いた事がある。
「急に飛び出されたのでびっくりし……」
彼女も彼に気づいたらしく、言葉が途切れた。
動揺して目まぐるしく顔色の変わる男の頬に、深花はそっと手を添える。
振り向かせながら、深花は紹介した。
「ここのご主人の、メナファさんだよ」