異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-11
大公爵に付き従って向かったのは、彼の書斎……ジュリアスにとっては因縁の部屋だった。
ここに至るまでの五年間……全ては、ここから始まった。
「座りなさい」
彼自身は書き物机の椅子に座りながら、二人に暖炉前へ置かれた椅子を勧める。
勧められるままに深花は椅子に座ったが、ジュリアスはその隣に立ったままだ。
「さて」
書き物机に右肘をつき、足を組んで拳を頬に当てながら大公爵は言った。
「この五年、全く音沙汰のなかったお前が女性を連れて帰宅とは一体どういう風の吹き回しだ?」
問われたジュリアスは、拳を握り締める。
「……問いただしに来た。あんたの真意をな」
「長い話し合いになりそうだな」
大公爵はわずかに肩をすくめ、深花を見つめる。
視線を注がれた深花は、手を握って気力を振り絞る。
ジュリアスが怯まずにいるのに、自分が逃げるわけにはいかない。
「選んだのか?」
しばらく深花を凝視してから、大公爵は視線を息子へやった。
「自分にとって、最高と思える女性を」
「ああ、選んだ」
間髪を入れない答に、彼は笑みを漏らす。
「では、生誕日のパーティーは盛大に執り行うとしよう……お前との話し合いは明日以降だ。今日は夕食まで、こちらのお嬢さんを借り受けるぞ」
「へ!?」
いきなり指名された深花は、自分を指差した。
彼女自身は、大公爵と話し合いたい事柄など当然ながら何もない。
「人質に取って脅し付けたりはしない。丁重に扱う事を約束する」
言われたジュリアスは、腕を組んだ。
どうするべきか彼自身が悩んでいるのを表情から読み取った深花は、決意を固める。
服の裾を引っ張ってジュリアスの注意を引くと、彼女は言った。
「私なら大丈夫。明日以降の話し合いに、貸しが一つできるくらいに考えればいいよ」
「深花……」
「ね?」
微笑んで退出を促すと、ジュリアスは深花を抱いてから踵を返した。
「……貸しとは思わない」
書斎のドアを開ける前に、こちらへ背を向けたままでジュリアスは言った。
「あんたが母にした待遇と同じくらいに扱ってくれ」
「もちろんだとも」
ジュリアスが書斎を出ていってから、大公爵は深花の姿を上から下までじっくり眺めた。
やや青ざめた顔に張り付いた表情は明らかに怯えと警戒が入り混じっているが、拳をぐっと握り締めて腹に力を込めたその体には不退転の決意が見て取れる。
惚れた男のために必死で踏み止まり、対峙しようとしているのだ。
「そんなに警戒する必要はない」
目を細め、大公爵は優しく声をかけた。
「私は君に、敵意も悪意も持っていない。何と言っても初対面なのだからね」
そう言っても警戒を解かない様子は、何かを嗅ぎ付けたように見受けられた。
大公爵は、少し感心する。
この態度は自分のような人間の気づかれにくい部分を嗅ぎ当て、それを見極めるまでは何も許す気はないという事だ。
メルアェスが目をかけていた理由が、今なら分かる。
性別など関係なく、こういう事を本能的に嗅ぎ分けられる人間はあまりいない。
ユートバルトも側近の一人に迎え入れる事を検討しているようだし、彼女はどうやら思わぬ掘り出し物のようだ。
なれば、礼を尽くしておくべきだろう。
「自己紹介がまだだったね。私の名はウウェルドルダ・アーメッシュ・アダ・キィサード・グイ・バサリオス・セイルファウト・ヴァラセドア・クァードセンバーニ。クァードセンバーニ大公爵家当主、という事になるな」
クァードセンバーニ大公爵改め、セイルファウトは深花へ笑ってみせる。