異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-10
柔らかくすべらかな肢体の中でも、唇は格別だ。
このまま軽いキスを続けて、感触を楽しむもよし。
ディープキスに移行して官能を煽り、それからじっくりたっぷりお楽しみに耽るのもよし。
そこまで考えてから、ジュリアスは眉をしかめた。
恋人という間柄になってから、まだ体の関係を結んでいない。
むしろこうなる前の方が頻繁に関係を結んでいるとは、何だか妙な話だ。
「ふ……」
唇が離れるとため息をつき、深花は体を擦り寄せる。
何とも言えず無防備なこの態度が、ジュリアスは好きだった。
頼られていると思うし、守りたいと思う。
「きゃっ」
椅子に体を引き倒し、本日二度目のキスを楽しむ。
「んん……」
まんざらでもなさそうな声を上げながらしがみついてくる深花の唇を、ジュリアスは心行くまで堪能した。
深花の敏い耳はキスの最中に部屋の前まで来たワゴンの音をキャッチしていたが、中の空気を察した小間使いがワゴンを置いて去っていったのを聞いて申し訳なく思った。
「しかしお茶が来ないな」
名残惜しく頬や額に唇を触れさせながら、ジュリアスは呟く。
「とっくに来てるわよぅ……」
深花が言うと、ジュリアスは怪訝な顔をする。
「入っちゃいけないと思ったみたいで、ワゴンを外に置いてったの」
説明を聞くと、納得した顔になった。
「悪い事したな。後で謝っとこう」
ジュリアスがワゴンを取りに行く間に、深花は起き上がって乱された髪を整える。
ジュリアスにとっては久しぶりの自宅だが、自分にとってはよそ様のお宅である。
国内でも最高水準の家柄である事を考えると、あまり気を抜いた態度は褒められない。
とりあえず二人で一服し終わる頃、玄関の方がにわかにざわつき始めた。
「……来たか」
苦い表情で呟くジュリアスの手を、深花は握る。
見下ろして笑ったジュリアスは、手を握り返した。
「とりあえず、一緒に来てくれ」
クァードセンバーニ大公爵。
四十代始め頃と思われる年齢。
身長は、長男とさほど変わらない。
漆黒の髪は顎の辺りまで伸びて波打ち、瞳は森の奥で人知れずこんこんと湧き続ける泉の色だ。
苦み走った容貌はひたすら穏やか……なように見える。
しかし、深花はごくりと唾を飲み込んだ。
一目見ただけで年輪を経た事で醸される人間的な厚みが感じ取れ、彼がメルアェス王妃のように不世出の傑物なのだと分かったからだ。
ジュリアスが父親という壁を乗り越えるのは、相当な難関のように思える。
その第一関門に立ち会う人間が本当に自分でいいのかと、深花はジュリアスを見上げた。
「お帰りなさいませ」
羽織っていたマントを小間使いに預けながら、大公爵は言った。
「今日は家の中がずいぶん騒がしいようだな」
言いながらその目は、二人を見据える。
「久しぶりに見る顔と、初めて見る女性が一人……ふむ」
なぜだか興味ありげに見つめられ、深花は足がすくむのを感じた。
膝が骨を抜かれたようにぐにゃぐにゃになってしまい、思わず隣のジュリアスに縋り付く。
「話がある。来なさい」