『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-97
第三八話 《変後暦四二四年三月五日》
進軍するアルファの部隊。その士気は低かった。
『……くそっ……』
苛立ったアレクの声が、スピーカーからベルゼビュールのコクピット内に流れる。
それを聞いて疎ましく思いながらも、アレクの気持は理解できるエリック。
その理由は恐らく、先ほどから断続的に流れてくる通信の所為だ。
『ナビア軍は後退した。残る者は速やかに撤退せよ。繰り返す……』
軍用回線に繋ぐと聞こえるソレ。エリックはげんなりとして回線を遮断する。
「……まぁ、効果はあるか」
実情は判らないが、不安感を煽るには良いかも知れない。まともに通信が通じるのは最大出力で三百メートル程度。本隊に連絡を取ろうと思っても、無理な話だ。
気になるならエリックのように回線を閉じていれば問題ないのだが、普段軍用ネットワークで管理されている以上、つい繋いでしまうのが人間の性というものだろう。
そもそも重度の電波障害という時点で、レーダー索敵の不可等様々な弊害が起こっている。
まともな組織的戦闘は期待できず、撹乱通信の内容もあながち嘘ではないかもしれない。
『今更引き返せないし、進むしかないよ。僕らは僕らのやるべき事をやれば良いんだから』
気楽に告げるアルファの声。間違ってはいない。どちらにしても、中心部は目の前だ。
『…まぁな』
アレクもそれは判っているのだろう。やや不機嫌な様子だが、同意を示す。
それにしても、この部隊は階級などお構いなしなのだろうか。やけにフレンドリーな雰囲気に、エリックはふと思ったりする。ちなみに副長はグリッドという事になっている。
(……アルファの部隊なら、仕方ないか)
結局その一言で、片付けられてしまった。どんな人間とも、上も下もなくやっていける…そんな雰囲気が、アルファにはあるからだ。アルファを恨んでいる筈のエリックが行動を起こさないのも、その所為だろう。これでいいのかどうかは、判らなかった。
と、エリックがそんな事を考えていたその時。
『っ! 前方から敵襲っ!』
アルファの鋭い声。部隊内に緊張が走る。
担当の警戒範囲から前へと視線を移せば、エリック達が進んでいる大通りの前方から接近する二足無人機が多数。距離は七百メートル、数は五機程度だろうか。
『トレーラーはわき道に隠れて』
アルファの指示と共にトレーラーはわき道へと入る。
戦闘になった際、流れ弾など喰らわないためだろう。
『僕が殲滅してくるから、みんなはトレーラーの護衛を』
「待ち伏せ…というわけでもないのか…?」
アルファの指示を聞きながら、エリックは低く呟く。
待ち伏せならば、先ほどのようにとんでもない数の無人機が居る筈である。
バフォールが敵部隊へ向けて突進を開始するのを見届けながら、エリックはトレーラーに付いてわき道へと入る。
「しかし……どうも臭うな…」
エリックはふと、何か嫌な予感を感じた。といってもアルファの心配などは微塵もなく。今入っているわき道は広いものではなく、トレーラーとワーカーが一列になっている。
もし建物を乗り越えて攻撃されたら……アルファはもう離れているので、通信が通じない。
それを思いながら、ふとベルゼビュールに上を見上げさせたエリックは、上空に散らばる物体に気付いた。その正体を認めた瞬間、体が反応する。
「グレネードっ! 来るぞっ!」
『っ!!』
鋭く言ったエリックの声に、トレーラーがタイヤに悲鳴を上げさせながら急発進する。
ベルゼビュールとアーゼン達も、即座にわき道から飛び出した。
その途端。轟音を轟かせて、さきほどまで居たわき道が爆発。
わき道から噴出した粉塵が、一気にモニタを埋め尽くす。