『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-94
『…予想戦闘地域に到着。全ワーカー、降車して下さい。今の所レコン偵察隊から連絡はありませんが、くれぐれも注意を怠らずに』
部隊内通信に切り替えてアリシアが言うと同時に、トレーラーが止まった。次いで、トレーラーの貨物部側壁が下方に開いてゆく。
モニタが自動で明るさ調整を行う様を感じながら、エリックはペダルを踏み込む。
降りた貨物部側壁が作ったスロープを、ベルゼビュールが降りる。横にはバフォールとアーゼン。反対側でも、二機のアーゼンが降車している筈だ。
『……進軍開始』
『了解』
部隊長である、アルファの声。ワーカー達が歩き出し、ベルゼビュールも続く。
(声だけならムカツかないんだけどな……)
不思議なものだとエリックは思い、直ぐに当時のマシンボイスではないからだと気づく。
「はいはい、了解」
『…!』
やる気なさげに答えるエリックに、スピーカーの向こうで鼻白む声が聞こえる。
恐らくはアーゼンのパイロットだろう。エリックは以前アーゼンを何機か撃墜している。
彼らにとってエリックは仇、というワケだ。どんな目で、彼らは自分を見ているだろう?
「……ふん」
そんな事を考えている自分を、エリックは鼻で笑う。
言い逃れなどできないし、しようとも思わない。戦争を理由にする気も無い。
エリックは、殺す相手の気持を考えるのを止めたのだ。そんな事を考えていては、前に進めなくなるから。憎むなら憎め、というのがエリックの正直な気持だった。
戦争の上だろうと、人を殺す事は正当化されない。恨まれるのも仕方ない事だ。
『てめぇ…!』
『アレク…やめろ』
自分をけなされたとでも思ったのか、アレクという名前らしいアーゼンのパイロットが怒気を噴出しそうになり、別のパイロットがそれを止める。
『てめぇみたいな奴にジュリィは……!』
ジュリィというのは、エリックが倒したアーゼンの一機に乗っていたのだろう。
仲間に諌められても止まらないアレクは、今にもエリックに襲いかかりそうだ。
それをエリックは…
「知らないな、そんな事は」
一言で切って捨てた。
勿論クリスの事でアルファがこんな物言いをすれば、許さないだろう。
だがそうだとしても、エリックは神妙にする気などなかった。
恨む対象は、このくらいで良い。アルファのように優しい奴は、恨めない。
思い切り恨ませる。無抵抗で殺されるつもりはないが、自分を殺して気が晴れるならそれで良い。恨んだりはしない。
自分ができる事はこれくらいだと、エリックは思う。
それに実際、アレクにとってジュリィがどんな存在だったかなどエリックは知らない。
結局、ルキスやアルファのような特殊能力でもない限り、人に人の気持は判らないのだ。
一番大切なクリスの気持でさえ、エリックには判らなかったのだから。
『てめぇっ!ぶっ殺してやるっっ!!』
通信が入ると同時に、一機のアーゼンがベルゼビュール向けて銃を構えた。
恐らくアレクの駆るアーゼンだろう。
「やるか?」
アーゼンが銃を構えるとほぼ同時に、ベルゼビュールも銃をアーゼンに向けていた。
『アレク!エリックさんもっ!』
瞬間。アルファの、悲鳴にも近い声が響く。
『……やめるんだ、アレク』
別のアーゼンが、アレク機の銃を持った腕を押し下げる。
『…グリッド………でもよぉ…こんなヤツ…!』
『……やめるんだ』
グリッドと呼ばれたパイロットが、最後に厳しく言い放つ。
『……ちっ』
アレクは舌打ちを一つして、引き下がった。アレク機が、銃を下げる。
ベルゼビュールもそれに倣って、腕を下ろした。
『……それじゃあ改めて、出発!』
アルファの指揮で、再び部隊は動き出す。
『俺も、お前を認めてる訳じゃないからな』
グリッドが出発間際、言ってくる。
「了解」
エリックは、おざなりに答えるしかなかった。
(これは、前途多難だな…)
ベルゼビュールのコクピットで、エリックは一人思う。
戦いが始まる前から、この有様なのだ。
「ふぅ」
エリックはこの作戦の行く末を思って、通信に乗らない位小さなため息をついた。