『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-92
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話し始めてから、二時間弱。
「…………まぁ…大体、こんなもんだな」
いつの間にか流れていた涙を拭いつつ、エリックは話を締めくくる。
話の中で何度か詰まった場面もあったが、ようやく話し終えたのだ。
主にはクリスの事。そして自分の気持等々。かなり端折った部分もあったが、クリスとの出会いから現在に至るまでの事は大体説明した。
無言でエリックの話を聞いていたアリシアは何かを考えていたようだが、やがて頷く。
「はい」
一言答えるだけのアリシア。
エリックの方も不快げな様子はなく、むしろ微かに微笑さえ浮かべて見せる。
彼にとっては、話す事自体に意味があったのだから。
今までの事を言葉というカタチにする事で、エリックは少し自分を取り戻せた気がした。
靄のかかった、何処か麻痺していたような感覚が、随分クリアになったように思う。
本当に話して良かったと、エリックは感じていた。
「……ありがとな」
だから、そう礼を言った。
「………いえ」
アリシアは一瞬躊躇って、目を伏せる。
「…私は…悪意を持って、貴方をクリスに会わせました。ですから…礼は不要です」
「悪意…?」
「…はい」
恐らく、エリックがアルファに対して害意をむき出しにしていたから。
クリスが生存しているような期待を持たせたのも、衝撃を大きくするためだろう。
「……なら、なんで俺に話しかけてきたんだ?」
廃人状態のエリックに話しかけていたのは、アリシアだ。何故嫌っている筈の自分に話しかけたのか。エリックは気になって聞いてみる。
「…エルに、頼まれました。自分では彼を刺激するだけだから、と」
「なるほどな…全くアイツは……」
余計な事を、と付け加えると、エリックは苦笑した。
アルファに対してはまだ複雑な感情もあるが、悪い奴でない事は前から知っている。
「何であれ、話した事で大分ラクになった。だから礼は言わせて貰う。ありがとう」
今度はアリシアも拒否する事はせず、素直に礼の気持ちを受けたようだ。
エリックと、きちんと視線を合わせてくる。
「……こちらこそ、アドバイスをありがとうございました」
「…?」
アリシアの返答に何を言われたか判らなかったエリックだが、やや遅れて表情に関しての事だと理解する。正直な話、エリックは適当に言ってみただけなのだが。
「……そうか。まぁ、頑張ってくれ。こっちも、協力するなり逃げ出すなり、考えて見るさ。…と、あんたに言うべき事でもないか」
アリシアに話した事で、大分スッキリした。後はもう、自分で考える事ができる筈だ。
言葉の最後は、そんな軽口が叩ける位に回復したという印でもある。
「………はい」
少しの沈黙を経て、アリシアは僅かに微笑のような表情を作って答えた。
まだぎこちない表情だったが、先程のような形容しがたい表情よりは良いだろう。
「……その調子だな。それじゃあスッキリした所で、俺は戻る」
教えを早速実践されて面食らったエリックだが、とりあえずの前進を讃えて踵を返す。
もう、結構時間も経ってしまっている。どんな行動を起こすにしても、休息は必要だ。
よってエリックは、早めに戻って体を休めておきたかった。
結局洗顔は果たせなかったが、心の問題はかなり良い具合に回復しているので問題無い。
「…あの………」
そんなエリックを、呼び止めるアリシア。
「ん?」
振り向くエリック。
「私が表情の練習をしている事は…他言無用です」
やや顔を紅潮させたその様子に苦笑しながら、エリックは向き直って再び歩き出した。
振り向かずに軽く挙げた手を、アリシアへの返事にして。