『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-82
第三一話 《変後暦四二四年二月三十日》
『本当に助かりましたよ。僕だけじゃ間に合いませんでしたから』
スピーカーから聞こえてくる、青年の声。トレーラーを運びながら、二機は通信をかわしていた。強出力の短波通信なので、先ほどのようなノイズは入らない。
「いや、こっちこそ助かった。右腕も故障して、正直焦っていた所だ」
ベルゼビュールの状態は、もう戦闘不能と言って良い状態だ。
あの状態では、助かる見込みはほぼ無かっただろう。
『あはは、それじゃあお互い様って事ですね』
「そういう事だ」
明るく響く青年の声に答えながら、エリックは内心でこれからの事を思案していた。
このまま青年の仲間と合流すれば、恐らく自分は……
『今は事態が事態ですからね。元は敵同士でも、協力しましょう。貴方の処置については僕がきちんと話しておきますから大丈夫ですよ』
エリックの考えを見透かしたかのように、青年は言う。
「…そうしてくれると助かるが……」
果たして青年は、どれだけの発言力を持っているのだろうか?思わず考えてしまう。
『心配要りませんって。あ、通信が入ったので、少し切りますね?』
請け合う青年からの通信は途切れ、コクピット内に響くのはワーカーのモーター音。
色々不安もあるが、結局は青年について行くしか道がないのだ。状況に流されるというのはどうにも頼りないが、それも自分が非力だからだと割り切る事にする。
X2やカイルが居ればどうにかなったのかも知れないが、考えても詮のない事だ。
青年の機体から通信。スイッチを入れ、通信をつなぐエリック。
「貴方は今回の事件解決に協力してくれれば、解決後には自由の身だそうです。…なんだか交換条件みたいで心苦しいんですけど、お願いできますか?」
最後の方は苦笑気味に、青年は言う。どちらにしてもエリックが断れない事を承知で尋ねている自分に対して、皮肉を覚えているのだろう。
エリックとしては、青年を責める気は毛頭ない。彼は指示に従っているだけだし、そもそもエリックにとってもその条件は都合が良い。期せずして、事の中心に入り込めるのだ。
(それにしても…事件、か…)
もはや戦争でも紛争でもなく、事件なのだ。本当の意味で戦争が終わった事を、エリックは実感する。
「俺は元々傭兵だ。ナビアに加勢する事を断る気はないさ、喜んで協力しよう」
更に言えば元はナビア兵なのだが、それは伏せておく。言う必要を感じなかったからだ。
「へぇ、そうなんですか?良かった……僕の名前はエリオット、です。それじゃあよろしくお願いしますね」
人懐っこい笑い顔が目に浮かぶような、そんな声。人に好かれる声だ。
「あぁ、よろしく……俺はエリックだ」
青年に対して好感を覚えつつ、エリックも名乗る。
『あはは、そういえば同じ名前の人知ってますよ』
「…まあ、珍しい名前でもないからな」
事実、エリックと同名の者はナビアに五十五万人以上居た筈だ。
『そうですねぇ。…そうだ。皆と合流したら、きちんと紹介します』
「…そうだ、事件の詳細について、説明してくれないか?」
思い出したように、エリックは尋ねる。思えば未だに、事件の全容については掴んでいないのだ。事件解決を任務としているらしき青年ならば、事情は知っているだろう。
『…そうですねぇ……レイヴァリーからさっきの無人機が湧いたのは知ってますよね?』
どこから話したものかと言わんばかりに、青年は暫し考えて話し出す。
「あぁ、知ってる」
あの時は、訳も判らず逃げたのだ。少し思い出そうとして、やめておく。
X2の記憶を掘り起こすのは、精神衛生上良くないと思えた。
『あれは、レイヴァリーの開発した新兵器の暴走らしいです。無尽蔵に湧き出す無人機によって、元から消耗していた僕たちナビア軍は撤退しました』
考えてみれば、あの時点でナビア軍が被っていた損害は決して軽微なものではない。
『無人機達も追いかけてくる事はありませんでしたから、暫くは離れた場所で様子を見ていたんです。……その後幾度か送り込まれた部隊も、あまりの物量に歯が立たず……』
そこで一旦、青年は言葉を区切る。
『それでも動かないで居た時はまだ良かったんですけど、一昨日辺りから無人機の集団が北に向かって移動を始めました。止めようとしても、やはり物量の問題もあり…』
止められなかったのだろう。先ほどの戦いを思い出し、エリックは眉を顰める。