『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-68
「くそ……？」
毒づくエリックの上空から、響いてくるプロペラ音。途端、ベルゼビュールに殴りかかっていたアーゼンの二機が、上空から降ってきた銃弾の雨に撃たれて沈黙する。
「なんだ…っ！？」
ベルゼビュールの横に、大きな衝撃が二つ。遠ざかっていく、Ｓ型のプロペラ音。
見れば、土煙の中にレイアーゼが二機。恐らくＳ型が運送し、その際上空からアーゼンを狙撃したのだろう。増援が到着しているのを見て取ってか、飛び込んでいたアーゼン達は跳躍してバリケードの向こうへ消えていった。
さすがにこのまま各個撃破されるのは嫌なのか、次々飛び込んでは来ない。
ひとまず危機は去った…訳でも無いが、とりあえず落ち着く時間はできた。
『敵勢力と自軍の戦力分析。予想勝率一三％未満……』
通信機から聞こえる声は、クリス…ではなくＸ２のものだ。
『エリ…ック………』
続けて、カイルの声。未だマトモではないようだが、とりあえず生きている。
先ほどの様子からすると、戦闘も出来るようだ。
「…お前達……？」
『使えそうだったからな。基地内ワーカー用通路で拾って、空いている機体を割り当てた。基地から逃がしたかったのだろう』
確認するように、Ｘ２は言う。
「しかし…この状況じゃ……」
バリケードは長く持ちそうにないし、向こうにはまだまだ大量のアーゼン。
各個撃破を懸念したのなら、次は全機で攻めてくるだろう。
バリケードなど、アーゼンの跳躍の前には無力だ。
これではむざむざ死にに来たようなものだ。それはＸ２も判っているだろう。
『お前に今死なれると……困る』
「そうだな……」
Ｘ２の言葉に、エリックは少しヤケ気味になってた自分を諌める。
自分の言った言葉には、きちんと責任を持たねばならないだろう。
『…話したい事も…ある。だが……今は』
Ｘ２が乗っていると思われるレイアーゼが、頭をアーゼン達の方に向けた。
「この状況を何とかしないとな」
Ｘ２の言葉を継いで言うと、エリックは再び左手をコンソールパネルに向かわせる。いつアーゼンが来るか判らないなら、こちらから攻めるべきだと思ったのだ。
「此処に居てもやがてやられる……俺が煙幕弾を投げるから、その隙に飛び出すぞ」
『了解』
「……生きて、色々考えなきゃな……」
エリックが、ベルゼビュールの腰部から煙幕弾を射出させようとしたその時。
『…どうやらレイヴァリーの新兵器とやらが完成したらしい』
隊長から通信が入る。それも今のエリックを救うものには思えなかった。
『な……これは…！？』
次の瞬間、珍しく動揺したような隊長の声が響いた。
「……まだ何かあるのか………」
やっかいなアーゼンの群れ、まだ向かっているという敵の増援、そしてこの通信。
ますます混迷して行きそうな状況を感じ、エリックは呟いた。
その間、エリックの思考は戦闘から離れてしまっていた。
『来たぞ』
そんな時に響くＸ２の声。日が陰る。慌てて反応し、上空を通過しようとする影を視界に収めようとベルゼビュールを回頭させるエリック。その瞬間。
エリックのすぐ横……コクピットシートの真横を、何かが通り過ぎた。
「な………？」
すぐ横に開いた小さな穴を認め、エリックは絶句する。
何かがベルゼビュールの装甲を貫き、コクピットまで突き抜けて来たのだ。
「…ニードルガン…っ！」
昔、とある研究所からの依頼をこなした時に、見た事があった。細長い銃弾と特殊構造により、どんな装甲も貫くと言われる銃だ。ただピンポイントで狙わないと効果が無いし、斜面に弱い。扱いが難しいので、結局実用性の乏しさから正式採用は見送り。
エリックも一度試してみたが、狙いをつけるのが実に難しく、使えたものではなかった。
実際今の射撃もエリックには当たっていないし、穴が小さいだけに、ベルゼビュールにも大したダメージはなさそうだ。