『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-64
ベルゼビュールを起動させ、通信回線を開く。
もうすっかり慣れた、ベルゼビュールのコクピット。
この中では、まだX2とかぶらないクリスが思い出せた。ほっとすると同時に、少し痛い。
カゲトラの端末番号を入力し、基地内の回線で呼び出しながら、エリックは頭に浮かんでいた感情を振り払う。感傷に浸っている場合でも無いのだ。
戦況も気になるが、まずはカゲトラにベルゼビュールの出撃許可を得なければならない。
実験機扱いのベルゼビュールは、色々と面倒が多いのだ。
「カゲトラ博士。エリックです」
カゲトラの個人端末に接続。とりあえずはカゲトラが話を出来る状況に居るか確認する。
『ああ、ベルゼビュールの出撃でゴザルか?』
意外にも、答えはすぐに返ってきた。思えばこれでカゲトラともお別れだ。
色々と世話になったと、そう思う。
「はい。西のワーカー用ゲートの使用許可を」
『相判った、連絡しておくでゴザル。状況は優勢でゴザるが…気をつけるでゴザルよ』
「…はい」
通信を終了すると、エリックは西ゲートへと向かう。
建物内に網の目の如くワーカー用の通路があるのは、レイヴァリーならではだろう。
移動しながら、通信機の設定を個人回線から軍用に切り替える。
『敵部隊の一部が迎撃砲の弾幕を突破した。W2、迎撃しろ』
『確認。攻撃行動開始』
『…撃破確認、引き続き突出している敵部隊を排除しろ』
やはりさすがH・Sだけあって仕事が速い。
本当に自分の出る幕はなさそうだとエリックが思っていると、西ゲートが見えてくる。ゲートのコントロールルームで、ベルゼビュールを確認した兵士がパネルを操作し、ゲートを開く。西とは言っても、北の端っこにあるため、戦場までは遠くない。
こんな端の方まで流れ弾が飛んでくるとは思わないが、一応用心して、エリックはベルゼビュールにゲートをくぐらせる際には警戒を怠らない。
そして、戦場を視認。迎撃砲と狙撃仕様ワーカーの張る弾幕が、雨のように敵部隊に降り注いでいるのが確認できる。レイヴァリーの壁伝いに視線を移動させれば、点在する弾除け防壁の影で待機状態である、H・Sの乗るレイアーゼが三十機ほど。
時たま弾除けの影から飛び出して、弾幕を抜けてきた敵ワーカーを撃破している。
「……やっぱり、俺の出番もなさそうだが……」
呟きつつも、ベルゼビュールを近くの弾除け防壁の影へと移動させる。
流れ弾も殆ど無し。身の危険は感じられない。
とりあえずX2が連絡を入れてくるまでは、付近で待機していなければならない。
その分には、好都合と言えなくもないと思う。
しかし、X2がさっさと目を覚まさなかったら、かなり面倒な事態になりそうだ。
「………っと、さすがに危ないか…」
思わず考え事に向かおうとする意識を、なんとか留める。
その途端。
『敵歩兵の別働隊を確認、迎撃砲部隊が襲撃を受けた。鎮圧まで迎撃砲の支援を停止。迎撃砲部隊は敵部隊の鎮圧に専念しろ』
開きっぱなしにしていた通信回線から聞こえる、焦ったような声。
同時に、迎撃砲が沈黙した。弾幕が薄くなる。
敵ワーカー達が、次々と狙撃仕様ワーカー達の弾幕を突破してくる。
「……ったく…わざわざ仕事が増えてもな………」
ぼやきながらもベルゼビュールを弾除けから躍り出させ、敵部隊へと向かって行く。
X2が中に居る限り、やはり防衛せねばなるまい。つくづく妙な事になったものだ。
何だかどんどん絡んで行く事態は、運命なのだろうか?エリックはふと考える。
ならばその運命の先に、何かがある筈だ。生きるにせよ…死ぬせよ。
「…ふぅ…………運命でも試して来るか……」
エリックは軽く呼気を吐き出すと、ペダルを思い切り踏み込む。
その動きを受けたベルゼビュールは、敵部隊へ向かって力強く突撃を開始したのだった。