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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-62

そして何より、エリックには最初からX2を兵器としてみる事など出来なかった。
もっとも、エリックは元より既に叛乱分子ではあるのだが。
「…禁止されている……」
 迷うような、X2の声。
「此処で禁じられてるなら、出れば良い。脱出の手引きくらいはするさ」
 エリックは軽く請け合う。安請け合いとは、少しニュアンスが違う。
「…そうか………」
 X2が、目を閉じる。
「……私は…この暖かさを………」
 言いかけてそのまま全身の力が抜けて、床へと崩れ落ちそうになる。
「お、おい…」
 それを抱き留めながら、エリックは呼びかける。
「……」
 が、すぐにやめた。
「…………すぅ……」
 X2の寝息を聞いてしまったからだ。
恐らく、精神に於ける緊張の糸が切れたのだろう。
今までずっと兵器として育てられ、抑圧されてきた感情が溢れ始めたのだ。精神に負担がかかるのも無理からぬ事だとエリックは思う。
「……まぁ、起こさないでおくか……」
 その安らかな寝顔を見つめ、ぽつりと呟く。
今ではX2に、無機質な感じは見受けられない。感情を塞いでいた蓋が取れ、顔を覆っていた無表情は剥がされ、もはやX2を覆うものは無くなった。エリックの手によって。
それが彼女にとって良い事なのか悪い事なのか、エリックには判らない。
「………同じ遺伝子…か」
 確実に言えるのは、感情の動き始めたX2は、クリスに近づいているという事。
今の無防備な寝顔など、そのままと言えるだろう。ここまで来ると、どうしてもX2とクリスを混同してしまう。先ほどまで自分のしていた行動が、思い起こされる。
泣いているX2を見ていられなかった、あの時。
ずっと前、最初にクリスを抱きしめた時、さっきのような気持だったろうか。
多分同じだった。だから、抱き締めた。……ルキスを前にした時は、出来なかった。
自分は、やはりX2をクリスと混同しているのだろうか。エリックは思う。
クリスとX2は違うと、きちんと判っていた筈なのに。感情を取り戻させて、X2をクリスに近づけようとしていたのだろうか。自分のエゴに、嫌悪感を覚えた。
しかしX2にクリスを感じるたび、心の穴は反応する。湧き起こる感情は、喜びと愛しさ。
まるでクリスを取り戻したかのように、錯覚している。
いつの間にか記憶の中のクリスの声が、X2のものへと変わっている。
X2がクリスに似ているのではなく、クリスがX2に似ている。似ているが故の、錯覚。
微妙な違いを、脳が修正しているのだ。半年前の情報を、今の情報へと。
眠るX2。それを徐々にクリスと重ねて行く自分を、エリックは認識した。心の穴が、治癒を望んでいる。自身のエゴを肯定する。しかし一方で、エリックはそれを望んでいない。
心の傷口にかさぶたが出来たなら、引き剥がしてしまいたかった。
「クリス………」
 X2の顔。クリスの顔。もう、違いを思い出すのが難しい。
クリスを、思い出せなくなっている。クリスを思い出すのに、X2を経由してしまう。
いつの間にか、無意識の内に行われる修正。抗う事ができない。
「……お前を…忘れたく無いのに………」
 エリックは、それが堪らなく怖い。いつか、クリスがただの「過去」になってしまう事が。そうなれば、痛みからは救われる。だが、それが怖い。
クリスの記憶はエリックにとって、痛みですらも愛しいものだ。生きる目標云々は置いても、せめて歩む未来は、心の痛みと連れ立っていたいと思った。
それが、クリスと共に生きるという事だから。
こんな状況になって初めて自覚した、己の結論。求めていた答えは、皮肉なものだった。
「……俺は………」
 抱いたままのX2は安らかな寝息を立て、静かに眠っている。
今更、放り出す訳にもいかない。出来る訳が無い。
X2を助けに行かなければ良かった?それも違うと思う。
抱き止めなければ良かった?いや、そうせずには居られなかった。
X2を助けに向かった時点で、もう決まってしまっていたのだ。
やはりX2を助けに向かったのが間違いだったのだろうか…?
堂々巡りの思考は、エリックに救いをもたらしてはくれない。
「……どうすれば良い………?」
 エリックはX2から目を逸らし、通路の天井を見上げる。
当然ながら。無機質な白い天井は、答えを返してはくれなかった。


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