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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-61

第二二話 《変後暦四二四年二月二二日》

 「……撃たないのか…?」
 静かに、尋ねる。
「………」
 X2は、答えない。
「やるなら早くしてくれ。…せっかく、静かな気分なんだ」
 何処か冗談めかすように、言ってみる。
死を前にしてこれほどまでに余裕があるとは、エリック自身にも驚きだった。
「…ぜ……………ぃ……」
 微かに、X2の唇が動いた。
「…?」
 エリックは首を傾げた。腕の震えといい、全くX2らしくない。
「…なぜ…撃てない……?」
 今度は、きちんと聞こえた。よく見るとX2の顔に、ごく僅かに困惑の色が見える。
禁止されていた筈の疑問。だが、本人はそれに気付いた様子も無い。
「………違う……」
 自問自答。X2が自分自身に対して困惑している様子が、空気を通して伝わってくる。
「……撃ちたく……ない……?」
 訳が判らないながらも、エリックは静かにそれを見守る。
と。X2が、エリックを睨み付けてくる。
「これは………一体…?」
 視線はエリックに向けながらも、X2はエリックの言葉を待っては居ない。
「おかしい……異常だ…………」
 ぶつぶつと呟くX2。
「………いや…判っていた……?」
「………どうした?」
 X2の自問自答がやんだのを見て取ると、エリックは穏やかに尋ねる。
「………」
 X2は答えなかった。エリックは、ただじっと返事を待った。
「…………お前の…所為だ……」
 ぽつりと呟く声が聞こえた。X2からは、今までに聞いた事の無い類の声。
「お前が…いきなり抱きしめたりするからだ………」
 X2の小さい肩が、震えていた。
「お前が……暖かかったから………」
 切れ切れになりながら、続く言葉。それは初めて触れる、X2の感情に溢れていた。
「あの時からだ………おかしくなり始めたのは…………」
 恐らく、エリックがX2をクリスと間違った時だろう。
「……私は………」
 後は、言葉にならなかった。泣いているのかも知れないが、X2の顔にはただ、困惑と苦悩が滲んでいる。そんなX2に対して、エリックは自然に歩みを進める。
そうしなければならないような気がした…いや、そうしたかったのだ。
「く、来るな……っ!」
 X2が、珍しく動揺した声で銃を構えなおす。
しっかりとエリックを狙った銃口に、しかしエリックはたじろがなかった。
「それ以上寄ると…私は…お前を………」
 エリックはそう言われても、不思議と恐怖を感じなかった。
もともと捨てた命だから、怖くないのだろうか。いや、恐らく……
エリックは迷わず、X2との距離を縮める。
「撃つ……っ!」
 X2が顔を背け、引き金を引いた。銃声が、通路に木霊する。
銃弾はエリックを捉えずに、通路の壁に弾かれていた。X2の腕が、無意識に狙いを外していたのだ。これこそ、エリックが恐怖を感じなかった理由。今目の前に居るのは、自分に困惑しているだけの存在で。守るべきではあっても、恐れを感じるものではなかった。
エリックはゆっくりと、X2の拳銃を持った手を退かす。
「……………」
 背けていた顔を、恐々と戻すX2。それは本当に幼児のような仕草で。いつか見たクリスの様子が、それに重なって。そしてそのままエリックは、X2の肩を抱いた。
「っ…!」
 抱いた肩から、X2の震えが伝わってくる。
以前のように、いきなり投げられたりはしない。
「…前は……正常に反応できた……」
 X2が呟く。
「………機能不全………欠陥品…だ………」
 続く言葉。自分の存在意義を失ったと、遠まわしに言っていた。
「何処も壊れちゃいないだろ。お前は兵器じゃなくて、人間なんだから……」
 クリスが、人間であったように。頭の中だけでそう続けつつ、エリックはX2の背中を優しく叩いた。最初に、泣いていたクリスを抱き締めた時の事が頭に浮かんだ。
心の穴から暖かい涙が溢れ、エリックの頬を伝った。
「……………」
 エリックの言葉に反応したのか、X2の体から力が抜けていく。
「…良い…のか……?私は…人間で……?」
 X2はエリックの腕に体を預け、言葉を紡ぐ。
「お前がどうしたいかだ」
 一定のリズムで軽くX2の背中を叩きつつ、エリックは答える。これはレイヴァリーへの叛乱行為なのかも知れないが、人を唯の兵器として扱うなど、エリックには認められなかった。特にクリスの事もあるだけに、尚更だ。


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