『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-56
ちなみに、先ほどの彼女の動きのタネは、彼女の履いている靴である。
強摩擦格闘靴といって、ワーカーの足裏に使われている技術を人間の靴に応用してみたらと、ある研究所で試作的に作られていた代物を、昔ローラがモニターになった報酬として貰ったのだ。名前が示す通り、底のグリップがとても強く、滑るという事を知らない靴である。底の特殊加工により血や泥水などを弾き、履く本人の技量さえあれば、先程のように一時的に壁を駆け上がる事も可能である。といっても、通常の戦闘ではまずそんな事はしない。生産コストの関係もあり、軍事面に利用される事は無かったらしい。
「くそ……どういう事だ、敵だらけじゃないか……?」
エリックは、訝るように呟き、ローラに尋ねる。研究棟に入って隊長と別れてから、味方の部隊に会っていないのだ。異常な状況である。
「………はぁ…ぁあん………イィ…わ………」
しかし聞かれたローラは、別の世界にトリップ中のようだ。絶命している兵士にナイフを突き立てるその様子は、正視に堪えない。
エリックはため息をついてローラに背を向けると、通信機のスイッチを入れる。
レイヴァリー勢力用の回線なら、何か情報があるだろう。
『第十二部隊、敵の勢いが激しすぎる……あまり持ちそうにないっ!』
『A2、第5隔壁ロック完了。予想耐久時間、十五分』
『第十八部隊、もう持たない!増援を……ぐあぁぁ……!!』
『くそ……第六部隊、もう弾が切れる!至急SS6に弾丸補給をっ!!』
『防衛不可能…K4、予想耐久時間、十一分』
通信機から次々と聞こえてくるのは、どう考えても芳しくない戦況を伝える声達。
幼い子供のような声も聞こえるが、恐らくH・Sだろう。
どうやら南研究棟でも南に位置するセクションSS(又はSS区画)は、相当キツいようだ。人数も多いらしいし、なにより兵士の一体一体がタフ。それで、今エリック達が居る中央のCブロックにも、敵兵がチラチラ入り込んでいるらしい。
『仕方ない。十分後にSS区画を閉鎖し、破棄。各員、SS区画から離脱せよ』
あの、指揮官軍人の声が聞こえた。SS区画を爆破するなりなんなりして、敵の侵攻を食い止めるらしい。
「あらあら…なんか大変みたいねぇ」
正気に戻ったらしいローラが横に来て、まるで他人事のように言い放つ。
「呑気に言ってる場合か……さぁ、行くぞ」
エリックはローラを促し、先を急ぐ。
どうせローラに目的地はないだろうと、判断しての事である。黙って着いてくる所を見ても、間違いないだろう。格納庫は、西側にあるWブロック。走ればあと少しだ。
念の為、格納庫に関する情報が入っていないか通信機のスイッチを入れる。
と、その時だった。
『撤退進路上に敵増援。X2、撤退不可能』
耳覚えのある声…クリスのそれに良く似たX2の声が、エリックの耳に飛び込んだ。