『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-47
「ふむ……その様子から察するに、ヌシはクリス達と浅からぬ関係にあるのでゴザろう?」
何かを思いついたような表情になるカゲトラに、エリックは頷きをもって返す。
もっとも、それがエリックの思い込みである可能性は無きにしもあらずなのだが。
「確か、データではヌシは優秀なパイロットでゴザったし…これも何かの因果でゴザろう……ちと、着いて来るでゴザルよ」
呟いて、カゲトラは椅子から立ち上がった。
「……ここは、なんです?」
エリックがカゲトラに連れて行かれた先。そこは、真っ暗な空間がひたすらに広がっている部屋だった。証明類が一切無いため、視界は殆ど利かない。
尋ねるエリックに、カゲトラはにっと笑って、壁のスイッチを操作する。
「まぁ、見てみれば判るでゴザるよ」
『ガコン』と、カゲトラが大きなレバーを下ろす。
途端に眩いばかりの照明が、真っ黒い闇に覆われていた室内を照らし出した。
そこは、何かの倉庫と思しき場所だった。
様々なコンピュータが、埃の積もった状態で放置されている。ワーカー、銃器…様々な兵器が壁にかけられ、立ち並び、中央にはシートがかかった巨大な何かが鎮座していた。
「兵器の格納庫…ですか?」
エリックは、思ったままを口にする。
実際、それ以外とりようの無い場所であるとも言えた。
「いや、此処は『私室』でゴザルよ。クリスが研究と開発を行っていた部屋でゴザル」
部屋を見回すようにして、カゲトラは懐かしそうに言った。
「クリスが最期に此処に来た時以来、手付かずで残っているのでゴザルよ。ここにある兵器に仕様書等は無いし、使う必要も無かったでゴザルからな……何より、あやつの空間であるこの場所を、勝手に荒らす気にはなれなんだ。……ヌシが此処に来たのは、いい機会でゴザル。埃の積もるままにしていては、あやつも悲しむでゴザろうからな…」
慈しむように言いながら、カゲトラは近くのコンピュータに近寄り、コントロールパネルに手を触れる。パネルが淡い光を発し、室内に機械音が轟く。
「……クリスは…今何処に居るんですか……?」
その様子に、エリックは尋ねてみる。カゲトラの様子を見るに、クリスがまだ生きているかのような響きを感じたからだ。そんな筈は無いと知っていても、気になる。
「…さぁ……アイルトレーペの基地で、戦死したという報告しか聞いてはゴザらん。それも、その直後にそこが占領されてしまったから、逃げ延びた兵の話でゴザル……だから、クリスの亡骸は何処にあるのか…さっぱりでゴザルよ。」
遠い目をして、カゲトラは語る。
「だから…つい。また毎度のように、ひょっこり戻って来るような気がしてしまうでゴザル。その時は…軍部とのしがらみなんぞに捕われず、きちんと話そうなどと…思ってしまうのでゴザルよ」
その目から一粒の雫が頬を伝ったのを、エリックは見逃さなかった。
カゲトラはぐいっと頬から目許を拭い、エリックに向き直って苦笑して見せる。
「いやいや…年を取ると涙脆くなってかなわぬな。さて、本題でゴザル」
恐らく、カゲトラもまた、クリスの事を大切に思っていたのだ。
それを、色々な事情があってクリスに伝えられなかったのだろう。
エリックがカゲトラに共感を感じたのは、そこら辺もあるのかも知れない。
そんなエリックの思いとは関係なく、カゲトラはコントロールパネルを操作し、天井から伸びるアームを動かした。それで、中央に鎮座する物体のシートを外す。
「………」
シートの下から現れたものを見て、エリックは思わず息を呑む。それは、白銀に輝く美しいワーカーだった。
どこかクリスの乗っていたミネルグと似た雰囲気を醸し出しているが、ミネルグよりも幾分線の太い印象を受ける。といっても、他のワーカーと比べれば鋭角的なデザインだが。
ミネルグが女性的なら、この機体は男性的だと言えた。
「…これは、クリスがいつか帰って来るエルの為にと作っていた機体でゴザル。といっても、何処ぞで手足の骨を折って帰って来た時以降は、そうでも無かったようでゴザルがな」
カゲトラの説明を聞きつつ、エリックは白銀に輝くその機体を見つめていた。
肩口に、白銀のボディには目立つ黒いペイントで何か描かれている。
恐らく、この機体の名前なのだろう。
「……ベルゼビュール………」
ぽつりと、エリックはその名を呟く。
その機体…ベルゼビュールのカメラアイが、エリックを見下ろすように黒光りしていた。