『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-45
「……それでは、話すでゴザル…まぁ、適当に座るでゴザルよ」
言って机から椅子を引き出し、カゲトラは座る。
エリックも、ベッドに腰掛けた。
「あやつ…クリスは、ある最新技術の産物なのでゴザル」
懐かしい思い出話でもするように、カゲトラは話し始めた。
その言葉に、エリックはある事に思い当る。それは、ルゥンサイトでルキスと話した内容。
「………人体の…完全精製……」
ぽつりと、呟く。
実はルゥンサイトではとっくの昔に開発されていたのだが、今はどうでも良い。
「…知っているのでゴザルか?ヌシは一体……まぁ、今はその事はおいておくとして……その通りでゴザル。技術力に優れ、ハイテクノロジーをローコストで生産できるものの、兵力と資源に乏しいジュマリアは、如何にしてマンパワーを上げるかに技術開発の焦点を合わせていたのでゴザッた…」
それは、エリックも知っている。ハイパフォーマンスを誇るセラムがジュマリアの主力機となり得たのも、高い技術を低いコストで生産できる技術力があったからだ。
「そしてその結果行き着いたのが、人工的に優秀な能力を持たせた兵隊の開発……人呼んでH・S…ホムンクルス・ソルジャーの製造でゴザル。可能な限り集めた遺伝情報のうち、戦闘向きの遺伝子、策士の遺伝子、高知能の遺伝子……様々な遺伝子データを基に、全くオリジナルの遺伝子を作り出したのでゴザルよ」
ここまで説明を聞けば、もうエリックには十分だった。
さっきのクリス似の少女も、納得がいく。
「つまり、俺の知っているクリスはその内の一人だったと」
エリックの言葉に、カゲトラは黙って頷く。
「といっても、あやつは特別でゴザルよ。正式名称X1、Xシリーズのファーストモデル。…各シリーズのファーストモデルだけは、ルイエ博士がお育てになったのでゴザル。セカンドモデル以降よりも成長促進期間が短かったし、軍部に管理されて居なかったからして、最も普通の人間に近い……と、やはり、驚いたでゴザルか?」
そこまで話して、カゲトラはエリックの方を見据えてくる。
「……ん…少し…。ですが、まぁ…これでやっとアイツの能力の高さにも、合点がいきましたよ。普通の人間が、あそこまでできる筈無いですからね」
苦笑気味に、エリックは答えた。実際少し驚いたが、納得していた。
それに、なんと言おうと、クリスはクリス…それは、変わり無い。
そういうように考えられる自分が、少し不思議に感じた。
だが、不快ではない。
「どんな、子供だったんです?」
ふと、聞いてみた。先ほどからクリスの話をしているのに、涙は出てこない。
やはり先ほどのインパクトの所為だろうか。
いや、ここにはクリスの雰囲気が残っていて、クリスと一緒にいるような気になるのだ。
切ない感じはするが、大分平気だ。
「…あやつか……。間違いなく、天才でゴザッたよ。ワーカーの設計も、専門の研究員より巧かったでゴザル。自分では、それが普通の人間との隔たりのように感じていたようでゴザッたがな」
苦笑しながら、カゲトラは続ける。
どこか自分の娘の事を話す様な彼の態度に、エリックは好感を持った。
なんとなく、自分と同じような感じがしたのだ。
まぁ、自分の知らないクリスをカゲトラが知っていると思うと、少し悔しくもあったが。
「幼少時代といえば……そこにかかっている写真が、昔の写真ではゴザらぬか?」
ふと、カゲトラはエリックの横の壁を指す。
見ればそこには、貼られた設計図に埋もれもせず、写真入れがかかっていた。
「……どれ……………?」
エリックは、興味からそれを手にとって、そして固まる。
その写真には、十歳くらいのクリスと思われる少女、そして同じくらいの銀髪の少年と、淡い金髪をした少女が写っていた。
そしてその全員に、エリックは見覚えがあったのだった。