『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-32
ふと、エリックは思う。
今まで、彼女はずっと一人だったのだろう。
エリックにつきまとったのは、彼の為という事もあっただろうが、やはりルキスが寂しかった事が大きかったに違いない。
頼る者も居らず、本音を語り合う友も居ない。
自然真意を悟られぬような態度と言葉をとるようになった…そう考えれば、今までの不可思議な態度もまぁ判らないでもない。
自分を造った研究者達は死に、自分を監視する親衛隊だけを傍に置き、誰にも顔を知られずに生きていた。確かに、狙う相手の顔も判らなければ、クーデターも成功しない訳だ。
そしてそれは、ルキスが身に纏う、顔を見なくてもルキス本人だと判別できる、オーラの如きカリスマが成せる業だったのだ。
しかしそれができたからこそ、彼女は孤独だった。
百五十年の孤独とは、如何なるものだったのだろうか。
永き時の流れの中で一人きり…
…と、エリックはある事に思い至った。
「そうだ!隊長達はどうしてる!?」
時間関係の思考で、思い出したらしい。
もうラティネアに着いてどれだけ経っているか判らない。
荷物の準備など言ってる時間ではないのだ。
「え?……ああ、傭兵部隊の隊長さんですね?エリックが負傷なさった事を報告し、回復したら送り届ける旨を伝えておくよう、親衛隊の方々にお頼みしておきましたが……」
いきなりの質問に少し戸惑いながらも、ルキスは答える。
「まずい、かなり待たせてる!さっさと行かないと!」
ルキスの言葉を聞いたエリックは、慌しく傍に畳んであった上着を引っつかんだ。
荷物は持っていなかったので心配ない筈だ。
「出発なさるのですか?」
名残惜しげに、ルキスが尋ねてくる。
エリックは久し振りの話し相手だ。無理も無いだろう。
「ああ、いつまでも此処に居る訳にもいかないからな。」
上着を着つつ、エリックは答えた。
「そうですか……お気をつけて…」
ルキスの浮かべる寂しげな笑顔を見て、心が痛む。
「まぁ、また来るさ。その時は観光案内でも頼む。」
手を一旦止めて、エリックは笑いかけた。
「はい、またいらして下さい。ここを出てまっすぐ行けば、格納庫ですよ。」
ルキスも、笑顔から寂しさが消えていた。
「判った、ありがとな。じゃあ、またな。」
エリックは最後にそう言って手を振る。
「ええ…また、お会いしましょう。困った時は、御力になります。」
扉を開け、外へと飛び出す前にエリックが見たのは、こちらに向かって微笑みながら小さく手を振るルキスの姿だった。