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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-24

第八話 《変後暦四二四年二月一日》


 「………」
 視線を感じたエリックは、『クリス』に再び目をやる。
彼女はまだスープに口をつけていた。当然エリックの方など見ていない。
視線は複数。確かにこちらに向けられているが、出所も数すらも判らない。
何故視線を感じていると判るのかといえば、勘である。
いくら勘といっても、無視できるものでもない。
(…どこだ……)
 不自然でない程度に、周りを視線で探る。だが見つからない。
気のせいか、とエリックが思い始めた時。『クリス』が器から顔を離す。
「…今日の糧を与えて下さった神、そして糧となって下さった命に感謝と愛を。」
 にこりと充足感溢れる笑顔を浮かべると、『クリス』は胸に手を当てて言った。
「…ああ、食い終わったか。」
 『クリス』の方に目をやり、エリックは答える。
緊張感とは余りにかけ離れたその様子に、エリックも警戒を解いた。
途端に、感じていた視線は消えてなくなる。
少し過敏になりすぎていたかもしれないと、エリックは自分を納得させる。
だが。
「……四人ですね。街頭時計の柱に背を預けて何方か待っている振りをしていらっしゃる方と、その反対側で新聞を読む振りをなさっている方…それに……公園の入り口付近にいらっしゃるお二方…といった所でしょうか。」
 相変わらず、微笑んだままさらりと言う『クリス』。
「な…?」
「お気付きになられたようなので、申し上げておきました。それでは、真に申し訳無いのですが…こちらを、返却なさっておいて下さいますか?」
 思わず声を上げかけたエリックに、『クリス』が器を差し出す。
見れば、先ほどまで彼女が肉スープを飲んでいた器である。
そういえば屋台のオヤジが、食べ終わったら器を返してくれと言っていた。
だが当然、今は器を返している場合ではない。
「…ちょっと待て、どうするつもりだ?」
 つい器は受け取ってしまったが、急いでエリックは言う。
さっき受けていた視線が気のせいでないのなら、かなりやばい可能性がある。
何しろ初めて会った時はいきなり殺されかけていたのだ。
エリックの問いに、『クリス』は困ったような微笑を浮かべる。
「私の関係者の方々だと思いますので……ご心配なさらずに。器を返して下さいましたら、またここでお会いしましょう。それでは…」
 言ってたおやかに会釈すると、彼女はそのまま歩き出す。
さっき自分自身が言った、街頭時計の近くの男性へと。
男性は一瞬焦りの表情を浮かべたが、即座に他の仲間と見られる男達に目配せをする。
仲間達が、頷きを以って返事をする。周りに人は、いつの間にか居なくなっていた。
もしかすると男達の仲間が、人払いをしていたのかも知れない。
「…ちっ!」
 エリックは舌打ち一つすると、ダッシュで『クリス』に近寄り、抱き上げる。
当然、器は破棄。割れてはいないようだから、運が良ければ誰かが届けるだろう。
「…え…?」
 珍しく、唖然とした声を上げる『クリス』。
「…あ、あの……」
 やはり困ったように微笑んで、彼女は何かを言いかける。
「ったく、さっき殺されかけたのに、何考えてる!?」
 それを遮り、エリックは怒鳴る。
後ろでは、男たちが慌てたように仲間と連絡を取り合っている。
どうやら仲間はさっき居た四人だけでは無いようだ。
「器が……」
 走ってきた方を振り向き、『クリス』が言う。
「器と自分の命を天秤にかけるな!」
 再び怒鳴り、エリックはひたすらに走る。
とりあえず公園の外へ出るため、男たちの仲間が居ない出口を探す。
しかし気付けば、出入り口は全て固められていた。戦場に身を置いていたエリックには判る、戦闘慣れした雰囲気を持つ男達が配置されているのだ。


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