『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-17
エリックが黙って暫く。二人の間には沈黙が流れていた。
ここ最近の生活でエリックは沈黙に慣れてもいたが、彼にまた疑問が浮かんだ。
「…質問ばかりですまないが。」
「いえいえ、なんでしょうか?」
足を止め、エリックは女性の方に向き直る。
女性の方も足を止め、エリックの方を向いた。
「……今何処に向かっているんだ?」
そうなのだ。先ほどから歩いているが、未だに人っ子一人とも出会わない。
温度も低いままだし、まるで案内されている気にならないのだ。
美女と二人というのは悪い気はしないが、さすがにこのままずっと一緒に居る気は無い。
こんな所で凍死して心中する気はもっと無い。頭も、心なしかぼぅっとしてきた。
女性はすいすい歩いていくが、エリックにはもはや方向感覚すらない。
「……何処にお行きになりたいのですか?」
女性が、こんな事を聞く。今更だ。
「……一応西門で仲間と待ち合わせだ。というか案内するんだったら聞いてくれ。」
今まで言わなかったエリックもエリックだが。
「そうでいらっしゃいますか。では、ついていらして下さい。」
女性はまた同じ方向に歩き出す。まるで最初から判っていたとでも言わんばかりに。
そして暫く。やはり周りには人は現れないし、温度も低い。
今から行っても、西門でまっているローラは完璧に怒っているだろう。
それより切実なのは、疲労と寒さである。
だんだん身体機能が低下してきたように感じる。恐らく疲れてきたのだろう。
というか時間の感覚がはっきりしない。ここの構造の所為だろうか。
「本当にこっちで良いのか?」
エリックが尋ねる。少し不安になってきたのだ。
「私は導くだけ…お信じになるかどうかは貴方の御心次第…」
意味が在るなような無いような微妙な台詞を吐き、女性は進んでいく。
大いに不安を感じるエリックだったが、今はこの女性についていくしか無いような気がした。この女性以外に人が見当たらないのだから。
「しかし……国の中央施設にしては無用心だな?クーデターが起こったと聞いたが…」
その事に思い当たったエリックが、口を開く。退屈だったのもあるし、何かしていないと寒さと疲労で挫けそうだ。
女性は歩きながらエリックの方を見る。
「博愛の国ですからね。」
どこか皮肉に聞こえるような言い方だが、そのつもりは無いのだろう。
「本当の事を言えば、中央施設といってもこの施設の中枢は地下にあります。瞑想の区画には軍事的に大した価値も無いという事で、警備の重要度が低いのです。その代わりと言っては何ですが、地下へと続く通路には厳重な警備網が引かれているんですよ。」
どこか苦笑するように、女性は続ける。
「何をするにしても理想を守る為には、多かれ少なかれ理想に背かねばならない事が多々あります。それこそが人の業なのかもしれませんね。」
…この女性は僧なのだろう。あの場所に居た事とこの言動から、エリックはそう判断する。といっても、僧だと判った所でこの女性に対しての理解が深まる訳ではない。
例えばエリックは普段着の上に上着を着ているが、女性は見た所薄いローブ一枚だ。
寒くないのだろうか。ついつい気になってしまう。
「そうか……」
気にはなったが、なんとなく聞けない。
「どうかなさいました?」
女性が、首を傾げている。気付けば、ちらちらと女性の方を見ていたようだ。
そんなつもりは無かったが、意識してしまうとなんとなく照れくさい。
クリスと離れてしまってから、久しく感じていなかった感覚だ。
女性がここまでの美人でなければ、あまり照れも感じなかったかも知れない。
「……いや…寒くないのかと思っただけだ。というより、見てて寒くなる。」
照れ隠しも兼ね、エリックはぶっきらぼうに言う。
まぁ、実際女性の格好を見ていると、自分より先に微笑みながら凍死しそうだ。
「……ふふ。どうでしょう。見ている方は寒いかも知れませんね。」