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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-16

第六話《変後暦四二四年二月一日》


「大丈夫ですか?」
「ああ……だいじょう………ぶ…」
 かけられた言葉にエリックは答えて……固まった。
「……どうかなさいましたか?」
 問いかけてくる相手に、エリックの視線は釘付けになっていた。
腰まで伸びた、細かく編みこんである黒髪。抜けるような白い肌。そして澄んだエメラルドグリーンを湛えた瞳。美しく、穏やかな顔。左目には不思議な文様が描かれた眼帯をしている。エリックより少し低いが、クリスよりは高い背。ゆったりとした白いローブからは、しなやかな手が覗いて見えた。有り体に言ってしまえば、底抜けに美しくて不思議な容姿をした女性なのだ。
年齢がいくつかは判らないが、自分と同じくらいだとエリックは目算した。
「……女…?」
 固まったまま、エリックは呟く。
女性は一瞬首を傾げた後、穏やかに微笑む。
「ふふ、貴方がそうお思いになるのならば、そうですね。では、いきましょうか。」
 よく判らない事を言うと、女性はふわりとエリックに背を向けて歩き出した。
声も、一旦姿を見てしまえば、この姿に似合ったものに聞こえるのが不思議だ。
その後ろ姿を暫く呆然と見送ってしまってから、エリックは慌ててその背中を追いかけた。
体を動かすと、ぼうっとしていた思考が少し覚醒するのを感じた。
「ちょっと待て。さっきは何故、俺が迷ってると思ったんだ?」
 女性に追いついて横に並ぶと、歩きながらエリックは尋ねる。
さっきから、疑問に思っていた事だ。
「違うのですか?」
 少し首を傾げ、不思議そうに女性が聞き返してくる。
「い、いや、違わないが………なんで、そう思ったかって事だ。」
 少しどもりつつも、エリックは続ける。何故かこの女性と話していると、ペースが狂う。
「ふふ……どうしてだとお思いになります?」
 女性は微笑むだけで、逆に聞き返してくる。
「……わからないから、こうして聞いてるんだ。」
 少し不機嫌に、エリックは答える。相手のペースに乗せられている気がした。
「……このエリア…瞑想の区画は、僧の方達だけがお入りになる事のできる瞑想部屋しかありません。ですから、ここにお入りになるのは僧の方か、そうでなければ特別な用のおありになる方……で無ければこの場所に来る方はいらっしゃいませんから。」
 特別な用とは、暗殺などの事だろうか。女性はそこまで話して、エリックを見る。
「という事で如何でしょうか?」
 言葉尻に意味深な台詞をつけ、女性が答える。
「何れにしても、お信じになるかどうかは貴方の御心次第。真実は人の数だけあります。」
 はぐらかすように言った口許に、微笑みが浮かんでいる。
とても、先ほど殺されかかった人物の表情ではない。
そう思った所で、エリックの中にもう一つの疑問が浮かんだ。
「…それは判った。もう一つ聞く。どうして、殺されそうになって居たんだ?」
 今まで忘れていた事が不思議だ。
というより、普通ならエリックはそこまで深入りしようとしない。
この女性と話していると、どうも調子が狂ってくるようだ。
「それはあの方にお聞きになるのがよろしいかと。」
 微笑を絶やさず、女性は言う。人をからかっているような言動だが、言葉の中には、不思議とそういったニュアンスは感じられなかった。
この女性の持つ雰囲気なのだろうか。
「…心当たりは…?」
 反感こそ感じなかったが納得もできないエリックは、なおも食い下がって聞いてみる。
また流されるのがオチだろうと、心のどこかで思いながら。
「さぁ……どうでしょうね。理由ならばいくらでも思いつきますから。」
 予想通り、女性はただ微笑むだけだった。ただ、エリックはその笑みに違和感を感じた。
どこか、翳りのようなものを見た気がしたのだ。
「…まぁ、どうでもいいさ。」
 なんとなくエリックは暗い気分になって、押し黙る。聞いてはいけない事を聞いてしまったような気がした。いつもそうだ。知らぬ間に、相手の心に踏み入ってしまう。
そういった時、気にしないという事がエリックはできない性質である。
まぁ、大抵の人はそうなのだろう。エリックにはその傾向が強いというだけだ。クリスと離れてから人付き合いが悪くなったのは、そういう事が面倒になったせいでもある。
「……」


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