『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-158
スタスタと歩を進めるアリシアの様子に、エリックが自分の心配が無用なものではなかったのかと思い始めたあたりで。
「良かったですね。クリスが助かりそうで」
唐突に、アリシアが口を開いた。エリックが何のために今回の事を起こしたのか、先ほどのナインとのやり取りを聞いて理解したという事なのだろう。
こうして言葉をかけてきた事といい、少しだがアリシアのエリックに対する態度が軟化したようにも思える。エリックはそれに安堵しそうになる自分の浅ましさを恥じて。
「……ああ、まあな」
このような事を、もごもごと口にする事しかできない。
ばつが悪いやら深刻な罪悪感があるやら。どうにも居心地が良くない空気だった。
「怪我は……大丈夫なのか?」
それきり口を開かないアリシアに、引け目もあってエリックが声をかけた。
「感覚が無い事を除けば。もう痛みもありませんし」
しかしどうにも、返ってくる言葉に険を感じてしまう。勿論、エリックの自業自得であるにせよだ。
「この傷を受けた時……いえ、私がナインを攻撃した時の様子。妙でした」
またも口を開かなくなるかと思われたアリシアだったが、続きは存外早く紡がれた。
「妙?」
思わず聞き返すエリックに、頷いてみせるアリシア。
「はい」
アリシアは答えて、天井の監視カメラを見遣った。そして小さくため息をついて、また口を噤む。ナインに聞かれたくない話があるという事だろうか。
と、その時。不意にアリシアが足をもつれさせた。やはり感覚が戻っていない足では無理があったのだろうかと、慌ててエリックが駆け寄った。壁に手をついたアリシアは駆け寄ったエリックの手を躊躇いも無くとると、寄りかかるように顔をよせてきた。
「?」
真意を測りかねたエリックだったが、
「……そのままで聞いて下さい」
アリシアの小声で理解する。どうやら、内緒話という事らしい。
監視カメラにすえつけられているであろうマイクの感度がどの程度であれ、天井から廊下の人間のささやきまで拾える程に高感度ではない筈だ。
「先ほどの話です。銃撃を受けたナインは痛みを受けて、それから逆上して反撃してきたように見えました」
「……ナインが?」
どう考えてもおかしい、とエリックは訝った。何しろ最初に地下で遭遇した時、ナインは苦痛に対して動じるような素振りを見せなかった。それがどうして今になって、痛がったり動揺したりするのだろうか。
「貴方は、ナインを破壊する気がありますか? クリスを治療してからで構いません」
「……できるかどうかは、判らないが」
突然の話題転換。エリックは戸惑いながらも、答える。
今までも、ナインの返答次第ではナインを破壊する気だった場面はある。しかしエリックの銃撃程度でナインが本当に殺せる……いや、壊せるのか。それはエリックにとっても疑問だった。
「恐らく、今のままでは無理でしょう。生半可な攻撃では、すぐに修復が開始されてしまいます。それと同時にあらゆる手立てで反撃を行ってくるでしょうから」
「……」
破壊を持ちかけた相手から不可能を突きつけられると、エリックとしては返す言葉もない。思わず返事に窮するエリック。
「恐らくこれから、ナインは痛みに対して弱くなっていきます。いえ、痛みに対する反応が人間に近づいてくる……といった方が正しいでしょうか」
アリシアは、そんなエリックの目を見据えて、続ける。予測というより、確信めいた口調で。
「一週間後……クリスの治療が終わる頃になれば、その傾向はより顕著になるでしょう。それこそ痛みが修復や反撃を妨げる程に。その時が好機です」
アリシアの話したい本題とはこれだったのだろう。話の内容が本当ならば、クリスを助けた後はエリックが責任を持ってナインを始末できるという事だ。願っても無い。