『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-149
「くそっっ!!」
ベルゼビュールの、人間で言う右脛のフレーム部分が破壊され、たまらずエリックは声を漏らす。安定を失ったベルゼビュールは転倒し、肩口から突き当たりのビルへと突っ込む。そしてその頭上を、逃げ込もうとしていた通りから降ってきた雨の如き銃弾の群が通り過ぎる。エリックを待ち伏せしていた、敵の別働隊だった。
数はワーカーが三機、距離は直近。ベルゼビュールが顔を出すタイミングを待っていたに違いない。右足が壊れなければ、ベルゼビュールは集中砲火の中へ飛び込んで破壊され、エリックは絶命していただろう。
何が幸いするか判らないものだ。などと考えている時間は勿論無く。
半ば本能的にコンソールを叩き、射出角を設定してボムを射出するエリック。投擲する左腕は使えないが、この至近距離だ。敵に向かって勢いよく射出されたボムはバウンドして敵別働隊の真ん中へと飛び込み、うつ伏せ状態だったベルゼビュールは銃を持った片手を突っ張り、突っ込んでいたビルのエントランスを破壊しながら頭を引き抜く。そのまま勢いを殺さずに片足の力で待ち伏せしていた部隊とは逆の方向へと飛ぶ。
ベルゼビュールの優れた機動性あっての業だが、勿論安定した跳躍などできる筈もなく。着地の衝撃で一回転し、再び不恰好に転倒する。
だが無様でも、一瞬の時間稼ぎにはなった。先ほどまでベルゼビュールの倒れていた場所へと、銃弾の雨が降り注ぎ。仰向けに転がったベルゼビュールは上体を起こし、近づいて来る敵機に向けてマシンガンを浴びせかけた。
やったという手応えを感じたエリックは、敵の様子を確認するでもなく、再びベルゼビュールに地を蹴らせる。
瞬間。待ち伏せしていた敵三機をボムが纏めて吹き飛ばす。爆発で生まれた横合いからの爆煙が僅かの間、更に横合いへと跳ぶベルゼビュールを隠し。ベルゼビュールは再度の跳躍…もとい転倒によって、待ち伏せされていたのと反対側の通りに飛び込み、元居た通りからの射線から逃れた。
爆発間際にした銃撃は手ごたえ通り、敵の一機を仕留めていた。振動センサのサーチ結果では、通りの部隊はあと二機まで数を減じている。
「もう少しか……」
ベルゼビュールの自己診断イメージで各所の修復度合いをチェックしながら、エリックは思案し。少しでも距離を取ろうとベルゼビュールを建物にもたれさせながら起こす。
さすがに修復箇所が多すぎてすぐにという訳にはいかないが、腕部や脚部などの致命的な損傷以外はそう時間をかけずに直りそうだ。
敵は腕部と脚部の損傷を知っている為か、それとも味方機が落とされて慎重になっているのか。速度を落として近づいて来る。時間をかけて接近してくれるなら、そちらの方がありがたい。
「……これは……凄いな……」
自己診断イメージを見遣り、エリックは感嘆の声を漏らす。既にベルゼビュールの表面装甲は損傷の半分程回復し、驚くべき事に脚部と腕部の砕かれたフレームが再生されつつある。内部ケーブルは断線するに至っていないため、多少の運動なら可能だ。
とは言っても、まともに戦闘するには強度がまだ足りないだろう。左手はまだケーブルが繋がっていないらしく、フィードバックが返ってこない。
「一回跳べたとして、着地は持たない……か」
動けるとしてその位だろう。
それで仕留められなければまともに動けない状態で包囲されて、終わりだ。
「まぁ、ツキは向いてるんだ……やれない事もないな」
先ほど命拾いした事を思い出し、エリックは自分に言い聞かせるように呟く。今更投降してナインを裏切る訳にもいかない。
(クリス……もう少しなんだ………)
ナインへの協力だけが、クリスと会う為の希望なのだ。
「…………」
振動センサの反応は刻々と近づいてくる。観測手へのフェイクとしてじっとベルゼビュールを待機させつつ、エリックは修復中の脚部に負荷をかけ、強度を推し量る。
敵が先行とバックアップに分かれ、曲がり角の外角から迫る敵機を、振動センサが捕らえている。襲撃チャンスは一度。リカバーは不可能だ。
エリックはレプリカのベルゼビュールを心許なく感じながらも、レバーグローブ越しに返って来るフィードバックでグリップの感触を確かめ。飛び出すタイミングを待ちながら、捨て鉢になっていた昔と違って自分が緊張しているのを自覚する。
「……クリス…………」
今戦っているその理由。その名を呼んで、自らを奮い立たせ。
振動センサのデータを元にタイミングをとって、ベルゼビュールは一気に発進する。
「うぉおおおおおおおおおおッッ!!」
吼え猛り、エリックはペダルを踏み切る。フィードバックが、右足の軋みを伝える。だがそれでもベルゼビュールは疾駆すると、無事な方の足で踏み切り、跳躍。前進していた敵ペールIV二機の眼前に躍り出た。
片足を砕かれたワーカーが跳躍してくるなど、よほど予想外だったのだろう。敵小隊のパイロットはそれなりに優秀だったようだが、それでも意識の隙間ができた。その機を逃さず、エリックはベルゼビュールを跳躍の勢いそのままに敵ペールIVへとぶつける。
ワーカー一機の重量を尋常でない加速をつけてぶつけられ、ペールIVはベルゼビュールもろとも通りに面した建物へと盛大に突っ込んだ。バックアップについていたペールIVが一瞬遅れて放った銃弾が、その後を追うようにして中空に次々と軌跡を刻む。
エリックもただぶつかっていただけではなく。体当たりしたペールIVと共に建物へ倒れ込みながら、バックアップについているペールIVへと照準を合わせる。
「喰らえ……っ!」
次々と中空へ突き進む弾丸達の軌跡が、ベルゼビュールに追いつくのとほぼ同時に。ベルゼビュールのマシンガンが銃口から火を吹いた。
至近距離からまともに直撃を受けたペールIVは衝撃で仰向けに吹っ飛び、コクピットまで貫く弾痕を穿たれ。がくりと擱座した。