『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-141
貨物部に入ってきたエリックを迎えたのは、空間の大部分を占拠しているベルゼビュールと……後ろ手に拘束されているアリシアの無表情な、だが敵意の篭った冷たい視線だった。自分のした事を思えば仕方が無いと、エリックはまた、ため息を吐く。
「…………腕の具合はどうだ」
できるだけぶっきらぼうに聞きながら、エリックはCS装置の傍へと歩み寄る。
「聞いてどうするんですか。エルに言っていたように、私を殺すんでしょう」
アイスブルーの瞳でエリックを見つめ、アリシアは平坦な口調で吐き捨てた。しかしその言葉の中に皮肉めいたニュアンスが混じっている事に、エリックは気づいた。アルファに言い放ったエリックの言葉を、全て真に受けている訳でもなさそうだ。
移動研究所から離れた直後にエリックから漏れた謝罪。それをアリシアがどのように受け取ったかは推測するしかない。とりあえず、好意的な解釈ではなさそうだが。
「それとも、悪役ごっこをしてみただけですか? 遊びで済む事ではないと思いますが」
エリックの心をナイフで切り開こうとするかのような、アリシアの言葉が飛んでくる。敵意をぶつけてきているというより、アリシアなりにエリックの行動について説明を求めているようにも聞こえた。
勿論、エリックに対する抗議の意味も篭っているのだろう。
「弁解する気は無い」
どう答えていいかわからず。エリックはうな垂れて、一言だけぼそりと呟いた。
「それならそれで、早くこれを外して私を解放して欲しいのですが」
そんなエリックから目を逸らし、アリシアは自らの手首を戒める枷をガチャガチャと鳴らしてみせる。淡々とした口調の中に、諦めと敵意が覗いている。
それで良いとエリックは思った。今更何を話してどう許して貰おうというのか。移動研究所で見たような、ぎこちなくも魅力的なアリシアの笑顔は二度と見られない。見る資格が無い。憎まれるべきなのだ、自分は。
フンと一つ鼻を鳴らして、エリックはCS装置にもたれるように座り込む。
「…………」
エリックは言葉を発さず、アリシアもそれ以上は返してくる事も無く。
うな垂れて黙り込んでも。その沈黙が。アリシアの視線が。自分を責め、貶しているように感じられた。アリシアの内情がどうあれ、実際にエリックを責め、貶しているのは自分自身なのだと判っていても。
そうして責め苛まれていると認識する事で、罪悪感が紛れる気がした。そんなマゾヒズムにも近い感情の動きを自覚し、エリックは鬱々とした自己嫌悪を催した。
そんな嫌悪感を紛らわすのは、背中に伝わるCS装置の微振動と、その中に眠るクリスとの記憶。クリスへの想いだけが自分を肯定してくれるのだと思えた。クリスの為だと思えばこそ、エリックはこんな自己嫌悪を抱えてでも行動する気になるのだ。
「…………何故、こんな事を?」
恐らく街に入ったのだろう。トレーラーの振動が、路面状態の微妙な変化を伝えた頃。アリシアが口を開いた。
「…………」
先ほどよりも直接的な質問にも、しかしエリックはうな垂れたまま答えない。もはや回答の目は無しと判断したか、アリシアも何かを考え込むように口を噤んでしまう。
またしても、沈黙が降りようとした時だった。
『エリック、出番だ。五分後には出撃できるようにしておいてくれ』
貨物部スピーカーから、ナインの声が響いた。
「あぁ、判った」
返事が必要あるか無いかは判らなかったが、とりあえず答えてエリックは立ち上がり。
膝をついた状態で固定されているベルゼビュールのコクピットに昇る。
「……アレはこれから何をしようとしているのですか?」
そんなエリックの背中に、アリシアの声がかかる。
「変電都市の電力を奪うそうだ。ジュマリアとナビアへの攻撃衝動がインプットされてるらしいから、また何らかの形で攻撃を仕掛けるんだろうな」
べらべらと喋るような事でもないだろうが、ナインには口止めをされていないし、黙っている義務も無い。
「また、レアムのような街を増やす事に……?」
当時の光景を思い出したのか、アリシアの声に戦慄が走った。と、エリックは感じた。
「……多分な」
エリックは簡単に答えて、コクピットへ入る事で会話を終わらせた。