『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-133
「大丈夫、です」
こんな時でも淡々と、撃たれた二の腕を押さえてアリシアが答えた。しかし僅かに震え出した体が、鼓動の度に激しくなっていく痛みを物語っていて。エリックは、自分が人でなしだと改めて思い知らされる。
「殺す以外にも、やり方はある。次は耳か、左腕か……鼻でも良いぞ?」
それでも感情を押し殺して、エリックは言い放つ。脅し半分本気半分だ。
やりたくはないが、全てはクリスに会う為だ。ここまで堕ちた今、何を犠牲にする事も厭うつもりは無かった。
だがやはりこれ以上……撃ちたくは、ない。
「エリックさん……あなたは……っ!」
やりきれないようなアルファの反応を、全く無視して。
「とっとと行って来い。それか俺を殺すかだ」
にべもなく、エリックは言い放つ。もっとも、これであっさりと殺されてしまえばお笑い種だが。
「…………言う通りにすれば、アリシアを解放してくれるんですね…?」
だがアルファは、エリックの予想通りに行動した。エリックに、アリシアを殺す気が無い事を判って居るからだろう。そこがアルファの甘いところだ。
暫し逡巡して、念を押すように聞いた。
「勿論だ」
元々アリシアは脱出する為だけの人質で、ナインと合流したら解放するつもりだった。クリスの事は後付で思いついた事であり、その為にアリシアを傷つけたのは、エリックとしても本意ではなかったのだ。
「……どうした。早く行け」
頼む、もうこれ以上撃たせるな。心の中だけで続けて、エリックはアルファを促す。
「…………」
その言葉を受けたアルファは、アリシアの方をちらりと見た。
「私の事なら、心配無用です……と言っても無駄でしょうから……思う様にどうぞ」
何事もないかのように、軽口で応じるアリシア。
アリシアを背後から拘束している形になっているエリックからは、アリシアがどんな顔をしていたのかは判らない。だが恐らくいつもの無表情で、苦痛を表現する事すらできていないのだろう。体はこんなにも強張り、痛みを必死に耐えているというのに。
「…判りました、アリシアに手荒な事はしないで下さい」
「お前が待たせなければな。お前も、コイツを早く医者に見せたいだろう?」
ここでまた突き放すように告げたエリックに、アルファが頷いてみせる。
「すぐに戻ってくるよ、アリシア」
そう言い残して。アルファは風の様に素早く、エリックの横を駆け抜ける。すれ違い様に何かしはしないかとエリックは警戒したが、アルファはそんな事すら考えて居なかったかのようにさっさと駆け抜け、すぐ通路を曲がって見えなくなる。
アルファがああいったからには、クリスを格納庫まで連れて来てくれる筈だ。能力や従順さという点では、アルファを信頼しているエリックである。
「……すまなかったな」
走り去ったアルファを見送ってから、エリックはアリシアに謝罪する。
「…………」
しかしアリシアは答えず、唯々痛みに耐えて居るようだ。
無理も無い。銃創の痛みは遅れて効いて来る。今頃は普通なら叫びたくなる程の激痛が、体を駆け巡っている筈だ。それでもアリシアはアルファを心配させまいと、大丈夫なフリをしていたのだ。
「……早く、治療させないとならないな…!」
自分で撃っておきながら、この言葉だ。エリックは自分の身勝手さに苛立ちつつ、アリシアを抱え上げる。微かな抵抗をしようとしたようだが、もはやその力もないのだろう。 華奢な見た目どおりに軽いその体は、エリックに軽々と持ち上げられてしまう。
そんなアリシアの軽さが、エリックには重くのしかかるのだった。