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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-132

第五二話 《変後暦四二四年三月七日》


「エリックさん……なんで……」
 格納庫まであと少しという所で。立ちはだかったアルファが問う。
「……何故?」
 一瞬置いて。
不意に湧き上がった、煮えたぎるような怒り。気の弱い者なら視線だけで失神させられそうな目つきで、エリックはアルファを睨みつける。そもそもアルファがクリスを討たなければ、こんな事にはなっていない。全て、あの日から狂ってしまったのだ。
「貴様が……っ!」
 いっそ目の前でアリシアの頭でも撃ち抜いて見せるか? 怒りに沸騰した頭が、そう提案する。自分の味わった苦しみを、目の前の偽善者に判らせてやればいいと。
「ぅ……」
 知らぬ間に力が入り、殆ど締め上げられる状態になったアリシアが、小さく呻き声を上げた。そこで、エリックはやっと我に返る。
「…………今更理由なんてどうでもいい。銃を捨ててさっさとどけ」
 アリシアを拘束する手を僅かに緩めて、冷静さを取り戻した声で告げる。
 アルファにエリックの感情を読む力があるなら、先ほどの怒りも伝わっている筈だ。しかし同時に、冷静になった今ではアリシアを殺す気が無い事も、バレているのかも知れなかった。現にアルファは銃を構えたまま、動く気配は無い。
「エリックさん……この場は見逃します。ですから、アリシアは離してあげて下さい」
 アルファの腕なら、アリシアを傷つけずにエリックを射殺する事もできるだろうに。それをしないアルファに、エリックは酷く苛立った。人を傷つけまいとするその心が、逆に自らの目的の為に他人を顧みないエリックを、更に醜く見せるようで。
 自己嫌悪に痛む心に、エリックは冷徹というかさぶたを被せる。今は冷静に事を処理しなければ、すべては水の泡なのだ。そう自分に言い聞かせる。
 そうして全てを利己的に考えて見ると。アルファがエリックを傷つけずにアリシアを解放したがっているのならば、それは利用できる筈だと思いつく。
「……そうだな。なら交換条件を出すか」
 冷酷な自分を演じるように薄笑いを浮かべ、エリックは思いついた事を実行に移す。
 即ち……
「クリスを格納庫に連れてこい。外部電源を取り付けてあるから、CS装置ごと運んでくるだけで良い。簡単だろ?」
 置いてきてしまったクリスを取り戻す。その良い機会だと思ったのだ。
「……?」
 エリックの真意を測りかねるように、アルファが顔を顰めた。
「なんでそんな事を……」
「理由なんてどうでもいいと言っただろ? 早くしろ。コイツが大事ならな」
 言いながら、アリシアに突きつけた銃をこめかみから顎にかけて滑らせる。
凍りついたように固まるアリシアの体が痛々しいが、今は仕方がない。アルファなら、アリシアを撃たざるをえない状況にはしないだろうと、エリックは踏んでいた。
「誰かを傷つける事は、貴方も望んで居ない筈ですっ!」
 やはりアルファには、筒抜けなのだ。エリックの迷いも、甘さも。
 エリックが誰かを傷つけようとしない事を判って居る限り、人質に意味は無いのだ。
「…………」
 逡巡。エリックは、覚悟を決める。
 アリシアを傷つけたくないなどと思っていては、この場を切り抜けられない。
 ナインに頼んで治療して貰う事ができれば、傷も直ぐに治る。
「……すまない、堪えろ」
 アリシアにだけ聞こえるように、耳打ちする。
「?」
「……!」
 怪訝な様子のアリシア。何かを感じたのか、エリックの銃を狙って発砲するアルファ。そんな事を、エリックがやけにはっきりと認識した刹那。
 エリックの銃は、アリシアの二の腕を撃ち抜いていた。貫通した銃弾が、アルファの腕を掠める。間一髪で、銃を持った手をアリシアの後ろに回して発砲した為、アルファの放った銃弾は通路の奥、突き当りの壁にめり込んだだけだ。
「―――っ?」
「アリシアっ!」
 息を呑むような音が、アリシアの口から漏れ。悲鳴に近い声で、アルファが叫ぶ。
 アリシアにとっては、後ろから腕を小突かれたくらいに感じたのかも知れない。むしろアルファの方が、撃たれた当人よりも取り乱している。
「……?」
 アリシアは衝撃を感じた腕に目を遣り、事態を悟る。そこで意識してしまった痛みが、徐々にアリシアの体を蝕み始めるのを、その体の強張りから感じ取れる。


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