『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-128
そんなエリックを見送って、アリシアが窓の外に目を戻した。その様子にエリックは、先ほどアリシアが視ていたのは窓の外ではなく、鏡面と化したガラスに映る彼女自身なのだと気付く。
その行動に、彼女の自分に対してのコンプレックスが表れているように感じて。今更どうでも良い事だろうとも思ったが、エリックの口は意に反して言葉を紡いでいた。
「何故、お前が人間と言えるか……」
「……?」
すり抜け様。唐突にエリックが放った言葉に、アリシアが振り返る。そんな彼女を振り向く事もなく、エリックは足を止めた。
「そんな下らない事をウジウジ悩むのは、人間くらいだ」
敢えて馬鹿にしたように言い放つ。さすがに、気恥ずかしかったからだ。
「…………」
背中に感じるアリシアの沈黙に、振り向く事もしないままに歩き出したエリック。
「……エリックさん」
エリックが少し離れた所で、思いがけず声がかけられる。
バッグの事に疑問でも抱かれたのだろうかと、思わず体が硬くなった。
「……」
少し強張る思いで。
肩越しに振り返ったエリックを迎えたのは、アリシアの静かな微笑だった。
「……お休みなさい」
「…………」
余りに意外なアリシアの表情に、エリックは思わず言葉を失ってしまう。まだぎこちなさこそ抜けないものの、それは十二分に魅力的な『笑顔』だった。
「…………ああ、その調子だ。…お休み」
呆気にとられていた自分に気付いたエリックは、苦笑交じりに言って。今度こそという風に、アリシアに背を向ける。
バレたのかと思って高鳴った鼓動の所為で。知らず、歩調が早くなっていた。
少し、落ち着いて。
自分の言葉が、少しは役に立ったのだろうかと。エリックは通路を歩きながら考える。そんな事で自分がこれからする事への罪滅ぼしになるとは思えないが、それでも少しは救われた気分になる。そこでようやく、エリックは何故アリシアに声をかけたのか判った気がした。要は、気を紛らわせたかったのだ。
クリスの為ならば何も惜しくないと思っていたエリックだったが、だからと言って、全てを簡単に捨てる事などできなかったという事である。今の会話は、クリス以外に向けられるエリックの、最後の弱さや優しさの象徴だったのかも知れない。
「………………もう、十分だろ?」
エリックは自分に言い聞かせて。そして頭を振って甘えた思考を振り払うと、クリスの眠るCS装置のある部屋の扉を開ける。
ここからはただ、彼女の為に。
何一つ変わっていない部屋に一歩踏み込んで、数瞬の間、目を閉じる。閉じた瞼の裏にクリスを想い、今の計画が成功すれば会えるのだと自分に言い聞かす。まずは、計画に不必要な事を考えないようにしなければならない。
やがて目を開けると、部屋の奥へとずかずか入り込み、CS装置の傍に屈み込むエリック。格納庫からくすねてきたバッテリー式電源装置をセットし、CS装置のパネルをいじって外部電源をカットする。下手な事をすればCS装置の機能が停止しかねないので、否が応にも慎重になる。
「…………よし」
外部電源をカットしても出力に異常が無い事を確認して、エリックは一息つく。あとはCS装置を台車に載せて移動できるようにするだけだ。
「クリス……もう少しだぞ……」
呼びかけて、装置についた小窓をそっと撫でる。指先に感じる、痛みにも似た冷たさ。
全てがうまくいったなら。ナインが約束を違えなかったなら。
「…………」
想像できない程の、歓びとなる筈だ。
……その瞬間の為に。早く準備を終わらせようと、エリックは見繕ってあった台車を近くに寄せる。元々倉庫のように使われていたこの部屋に、放置されていたものだ。
と、その時だった。
扉の開く気配と共に、銃を構えた兵士数人が部屋に入ってきた。
あっという間に、エリックの周りに包囲が完成する。
「……格納庫の部品持ち出しについて、聞きたい事がある」
振り返ったエリックは、尋問にしては物々しい雰囲気に気付いた。器材持ち出しの問い正しという目的だけで、普通この人数の兵士は出て来ない。エリックが元から危険人物だと認識されているというのもあるだろうが……それにしても、兵士達が殺気立っている。
何しろ五人の兵士の銃口は全て、エリックをしっかり捉えているのだ。